書評
『また会う日まで 上』(新潮社)
長いよっ。てか、多いよ!
上下巻本は当たり前のアーヴィングが自らのK点(『サーカスの息子』)超えを果たした『また会う日まで』ときたら、原稿用紙に換算して二千五百枚もの大作なんであります。わたしは一足先にプルーフ版で読んだのですが、それだと上下巻合わせて一千百ページ超にして、一ページあたりが四十一字×二十一行。二万三千百回も眼球を上下運動させなきゃ完読できない小説って……。んが、皆さん、読めばわかります。この物量がものを言う構成になってるんでしてよ。
物語は四歳のジャックが母親に連れられ、自分たちから逃げ回っている父親を探すため、コペンハーゲン〜ストックホルム〜オスロ〜ヘルシンキ〜アムステルダムと、北海の港町を渡り歩くシークエンスから始まります。目指すは各地のパイプオルガンがある教会と刺青師。というのも、ジャックのまだ見ぬ父ウィリアムは体中に楽譜の刺青を入れた教会オルガニストだからです。「お嬢アリス」という通り名で知られる腕のいい刺青師であるジャックの母は、商売仲間の援助を受けながら港町を巡るのですが、ウィリアムは行く先々で女性のトラブルと楽譜の刺青を増やしながら、すんでのところで母子の追及の手を逃れ――。
と、ここまでが全V部のうちの第I部。この後、夫の捜索を諦めてカナダのトロントに戻ったアリスは、ジャックを男の子は第四学年までしかいられない「教会の女学校」に入学させるのですが、父譲りの女殺しの睫毛を持つジャックは、将来堅い絆で結ばれることになる十二歳のエマを筆頭とするお姉様がたにいじられまくり。わずか十歳にして、通い始めたレスリング道場で知り合った四十代の夫人に童貞を奪われるという、こと女性に関しては大変な早熟少年に成長していくのです。アーヴィングはそうしたジャックの成長の過程をはしょることなく描いていきます。第一学年から四学年、その後通うことになる寄宿学校と、約十二年にわたる少年時代を一年一年そんなにバカ丁寧に描かなくともっ! 飛ばし読みがまったく出来ない愚鈍な目しか持ち合わせないわたくしは、正直途中でキレそうにもなりました。んが、皆さん、そこをぐっと耐えて下さいまし。読めば、海路の日和あり。このはしょらない作戦が後々ボディブローのように効いてくるんです。
プルーフ版だと北海港町篇の第I部が約百三十ページ、ジャックのヰタ・セクスアリス篇の第II部が約百九十ページ、ジャックがジュード・ロウばりの美しい性格俳優になるまでを描く第III部が約二百ページ。で、第IV部の後半、母を失った三十四歳のジャックは幼き日の旅を再体験するんです。つまり、約五百三十ページぶりに読者も幼いジャックの目を通してかつて出会った人々と再会するという次第。アーヴィングはここでジャックの三十年間という長い月日を、読者にも体感させたかったんじゃないかなあ。その体感によって再会の感動や驚きをいや増したかったんじゃないかなあ。わたしはそう思うんです。
ジャックはこの旅によって、自分の記憶が母によって作られたものだったことに気づいていきます。そしてついに父と対面を果たす時、長い長い物語をジャックに伴走してきた読者だけが……後は何も申しますまい。原題は“Until I Find You”、この“You”はジャックが出会った人々であり、父であり、ジャック自身でもあります。そして“I”を読者とするならば、“You”はアーヴィングのことにもなるのです。その理由もまた、これから読むあなたのために言わずにおきましょう。たくさんの“Find”を味わい尽くして下さい。
【下巻】
【この書評が収録されている書籍】
上下巻本は当たり前のアーヴィングが自らのK点(『サーカスの息子』)超えを果たした『また会う日まで』ときたら、原稿用紙に換算して二千五百枚もの大作なんであります。わたしは一足先にプルーフ版で読んだのですが、それだと上下巻合わせて一千百ページ超にして、一ページあたりが四十一字×二十一行。二万三千百回も眼球を上下運動させなきゃ完読できない小説って……。んが、皆さん、読めばわかります。この物量がものを言う構成になってるんでしてよ。
物語は四歳のジャックが母親に連れられ、自分たちから逃げ回っている父親を探すため、コペンハーゲン〜ストックホルム〜オスロ〜ヘルシンキ〜アムステルダムと、北海の港町を渡り歩くシークエンスから始まります。目指すは各地のパイプオルガンがある教会と刺青師。というのも、ジャックのまだ見ぬ父ウィリアムは体中に楽譜の刺青を入れた教会オルガニストだからです。「お嬢アリス」という通り名で知られる腕のいい刺青師であるジャックの母は、商売仲間の援助を受けながら港町を巡るのですが、ウィリアムは行く先々で女性のトラブルと楽譜の刺青を増やしながら、すんでのところで母子の追及の手を逃れ――。
と、ここまでが全V部のうちの第I部。この後、夫の捜索を諦めてカナダのトロントに戻ったアリスは、ジャックを男の子は第四学年までしかいられない「教会の女学校」に入学させるのですが、父譲りの女殺しの睫毛を持つジャックは、将来堅い絆で結ばれることになる十二歳のエマを筆頭とするお姉様がたにいじられまくり。わずか十歳にして、通い始めたレスリング道場で知り合った四十代の夫人に童貞を奪われるという、こと女性に関しては大変な早熟少年に成長していくのです。アーヴィングはそうしたジャックの成長の過程をはしょることなく描いていきます。第一学年から四学年、その後通うことになる寄宿学校と、約十二年にわたる少年時代を一年一年そんなにバカ丁寧に描かなくともっ! 飛ばし読みがまったく出来ない愚鈍な目しか持ち合わせないわたくしは、正直途中でキレそうにもなりました。んが、皆さん、そこをぐっと耐えて下さいまし。読めば、海路の日和あり。このはしょらない作戦が後々ボディブローのように効いてくるんです。
プルーフ版だと北海港町篇の第I部が約百三十ページ、ジャックのヰタ・セクスアリス篇の第II部が約百九十ページ、ジャックがジュード・ロウばりの美しい性格俳優になるまでを描く第III部が約二百ページ。で、第IV部の後半、母を失った三十四歳のジャックは幼き日の旅を再体験するんです。つまり、約五百三十ページぶりに読者も幼いジャックの目を通してかつて出会った人々と再会するという次第。アーヴィングはここでジャックの三十年間という長い月日を、読者にも体感させたかったんじゃないかなあ。その体感によって再会の感動や驚きをいや増したかったんじゃないかなあ。わたしはそう思うんです。
ジャックはこの旅によって、自分の記憶が母によって作られたものだったことに気づいていきます。そしてついに父と対面を果たす時、長い長い物語をジャックに伴走してきた読者だけが……後は何も申しますまい。原題は“Until I Find You”、この“You”はジャックが出会った人々であり、父であり、ジャック自身でもあります。そして“I”を読者とするならば、“You”はアーヴィングのことにもなるのです。その理由もまた、これから読むあなたのために言わずにおきましょう。たくさんの“Find”を味わい尽くして下さい。
【下巻】
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