書評
『血戦 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・東京2』(講談社)
代議士の椅子を巡り同族内に生じた反目 権力の頂点を目指す白熱の選挙戦が疾走!!
人間がおのれの欲望を剥き出しにして争う現場など、なかなかお目にはかかれない。だが何年かに一度、全国規模でそうしたイベントが行われる。言わずと知れた、衆参両院の国政選挙だ。楡周平『血戦 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・東京2』は、衆議院選挙を題材とした作品である。TVドラマ『宿命1969-2010』の原作となった前作は、この国を動かす権力者の一族を中心とした、柄の大きな小説だった。物語を支配したのは、学生運動全盛期から現代に至る導線を引き、二つの時代を照応させるという構想である。有川と白井、二組の親子の数奇な運命を描く因縁話の中に、現在の日本がこうなった原因を過去に遡って求めるという絵解きが埋めこまれていた。その企図が効を奏し、第一級の娯楽作品となったのである。
続篇の本書では、昭和の遺物である五五年体制が完全に崩壊した瞬間に焦点が当てられている。主人公の有川崇は、かつて将来を嘱望された財務官僚だったが、女性スキャンダルによって栄達の途を鎖(とざ)されたという人物だ。次期総理と目される白井眞一郎の娘婿として、将来的にその票田を譲り受けるという夢も、見事に泡と消えた。白井が前総理である滝沢の息子を婿養子に迎え、代議士としてデビューさせたからだ。
失意の中、弁護士として再出発した崇だったが、すべての過去が清算されたわけではなかった。崇の妻・尚子が、自分に成り代わって代議士の妻となった妹・亜希子に、暗い嫉妬の炎を燃やし続けていたのである。白井に政治資金の援助を続けていた崇の母・三奈も、自らが築き上げた有川会の未来が見えず、悶々とする日々を送っていた。
物語の前半部では、こうした具合に有川・白井両家の中で火種が燻(くすぶ)るさまが描かれていく。その背後では景気回復に失敗した与党がじりじりと支持率を下げ続けているのだ。そしてやってくる破滅の瞬間。何もかもがいったん白紙に戻され、新たな秩序の樹立に向けて、衆議院選挙という闘いが始まるのである。
すべての因縁が選挙の一事に結びつき、有無を言わせぬ結末へと向けて事態は疾走を始める。もちろん作中の政治状況は、与野党が逆転した昨夏の衆議院選挙当時のものを模している。ページを繰りながら、歴史が動くさまを目の当たりにした、あの開票日の興奮が蘇ってくるのを感じた。
楡周平は、登場人物ひとりひとりの表情にこだわるよりは、世の中の動態を大きな構図の中に写し取ることを選ぶ、群像劇の作家である。『異端の大義』などの経済小説で発揮してきた、現実の似姿として物語世界を構築し、現実以上の興奮を読者に味わわせる作風が、本書でも冴え渡っている。時代のうねりを肌で感じたいときに、これほど適した作家はいないはずだ。