書評
『中井英夫戦中日記 彼方より 完全版』(河出書房新社)
中井英夫の『虚無への供物』はいまや、「新本格」なる推理小説流派のバイブルだが、中井の小説の本質は、全能者の権力を手にした錯覚をもって嬉々(きき)として死の遊戯に耽(ふけ)るポーの末裔(まつえい)たちの対極にある。人をあやめることへのおぞましい戦慄(せんりつ)こそが、この小説の根底にあるモチーフだからだ。
そのルーツを探るためにはぜひとも本書を読まねばならぬ。二十代初めの中井は陸軍参謀本部で情報教育係を務めながら、この激烈な反戦の、いや戦争憎悪の日記を記していた。国家という愚劣な抽象観念のもとに滅びゆく日本人への呪詛(じゅそ)と、その日本人にほかならぬ自分への苛立(いらだ)ちが、この日記を染めあげている。
日本人が一丸となって戦争に突入したという神話を真っ向から否定する貴重な歴史文献であるとともに、これまでの版から削除されていた母の死の前後のほとんど錯乱に近い記述を復刻した完全版ゆえ、中井英夫の人間性を知るのに不可欠の書物にもなっている。
そのルーツを探るためにはぜひとも本書を読まねばならぬ。二十代初めの中井は陸軍参謀本部で情報教育係を務めながら、この激烈な反戦の、いや戦争憎悪の日記を記していた。国家という愚劣な抽象観念のもとに滅びゆく日本人への呪詛(じゅそ)と、その日本人にほかならぬ自分への苛立(いらだ)ちが、この日記を染めあげている。
日本人が一丸となって戦争に突入したという神話を真っ向から否定する貴重な歴史文献であるとともに、これまでの版から削除されていた母の死の前後のほとんど錯乱に近い記述を復刻した完全版ゆえ、中井英夫の人間性を知るのに不可欠の書物にもなっている。
朝日新聞 2005年9月11日
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