「成功」について
「成長」を実感させてくれるのは、実は「成功」しかない。
ただし、目標を達成し成功を収めるには、
理屈抜きに時間が必要であり、
その間に何をしたかで成功の価値は決まる──
君にとって、人生のゴールとは何だろう?
僕の場合、自分の考えや研究を世の中の人々に広く知ってもらうというのが、大きな目標でした。そして、それに向けて試行錯誤し努力することで、教育者、そして人として成長していったのです。この成長を実感させてくれたのが「成功」でした。
僕は大学教員となり、学生たちに教えるようになります。さらに、一般書も書くようになり、それまでの論文、専門書に比べて、より多くの人々に自分の考えを知ってもらえるようになりました。
この事実だけをしても、成功したと言えなくはありません。「考えを世の中の人々に知ってもらう」という当初の目標を、ある程度、達成できたわけですからね。
しかし、それが人生の成功かと言われると、果たしてどうか。その事実だけでは、実は自分としてはどうにもピンときていなかったのです。
その後、2001年に『声に出して読みたい日本語』(草思社)という本を出し、おかげさまでシリーズで260万部ほど売れました。ここに至って、「これはさすがに人生の成功と言えるな」と実感できたのです。
この本の売れゆきが100万部を超えたとき、出版社の人が「100万部突破記念の会」のようなお祝いのイベントを開いてくれました。その際、出版社だけでなく、書店、印刷所、製本所など、非常に多くの人たちが集まり、みなさんが口々に僕の本を褒(ほ)め、売れたことを心から喜んでくれたのです。
その様子を目の当たりにし、僕は自分の本にこれだけの人々がかかわり、見えないところで支えてもらっていたことに、心底驚き、感銘を受けました。そして、自分の目標やそこに至るまでの努力が大勢の人々を巻き込み、幸せにすることができたのだとしたら、それこそが成功であると痛感したのです。
もちろん、収入や仕事が増え暮らしが潤(うるお)うなどといった恩恵も大切です。きれいごとを言うつもりはありません。しかし、そうした自分にとってのプラスだけでは、決して成功したとは言えないというように思い至ったのです。
その一方で、実は僕としては正直「やっとか」という思いもありました。
当時、僕は40歳。なぜこんなに時間がかかってしまったのかと悔しかったのです。
実感として、『声に出して読みたい日本語』で書いた内容は、すでに20代のころにまとまっていたように思います。
その後の研究で多少厚みは増したかもしれませんが、ほぼほぼ20代のときに出来上がっていたのに、なぜ日の目を見るまで20年もかかってしまったのか。僕は、そんな疑問をずっと抱いていたのです。
ところが、あるときふと、それに対する答えのようなものを見出しました。
世の中に聞く耳を持ってもらえるには、それ相応の歳月が必要だったのではないか、と気づいたのです。
平たく言うと、22歳の人間の言うことと40歳の人間の言うことでは、人々の耳の傾け方に違いがある。22歳が何を言ってもそれほど説得力はないが、同じことを40歳が言えばそれなりに説得力がある。世の中にはそういう側面もあると学んだのです。
もちろん、スポーツ選手やミュージシャン、芸術家などは違います。年齢など関係なく、若くして成功している人がたくさんいるのは知っての通りです。むしろ、若いほうが成功しやすいケースもあるでしょう。
でも、一般的な仕事や学術研究となると、どうしても年齢や社会的経験が大きな影響を及ぼすことになる。
年齢が上だから、経験を重ねているから優れているとは必ずしも言えない。
しかしながら、経験を経たからこその説得力や、その年齢だからこそ増す“訴えかけの力”というものが、どうしてもあるわけです。
これについては、君も今後、働いていくなかで僕と似たような思いを抱くことがあるかもしれません。
正しいことを言っているのに、若いから、経験がないからと一蹴されてしまう。同じ意見を述べても、なぜか先輩や上司ばかりが認められる。
そんな歯痒い経験をしたら、僕のこの経験を思い出してほしい。
『三国志』のなかに、「伏(ふく)竜(りょう)鳳(ほう)雛(すう)」という言葉が登場します。
これはすなわち「偉大な竜でも伏する時期があり、同じく鳳(ほう)凰(おう)でも雛(ひな)の時期がある」という意味で、どれほどの能力を持っていても力を発揮できない時期はある、ということを表した言葉です。ちなみに、高校生のとき、この「伏竜鳳雛」をみんなでクラスTシャツにした記憶があります。
これに照らしたら、僕などは40歳──というオジサンになる──までヒナだったということですから、ちょっと遅いですが……。
ただ、成長するにはそれほどの時間がかかり、だからこそ焦らずじっくりと、熟する時期を待って大きな成功をつかみなさいと、そう解釈することもできる。
世の中では、若くしての成功を騒ぎ立て、お金を成功の指標にしがちです。
でも、人生は「伏竜鳳雛」。
世間的な成功よりも、まずは自分らしい仕事を精一杯し、それによって人を幸せにできること。それが回りまわって成功、幸福を導くのではないかと、経験者として強く思います。
[書き手]齋藤孝