書評
『ザ・ビートルズ 解散の真実』(イースト・プレス)
「金」めぐる人間模様の痛々しさ
あらゆる角度からあらゆる事柄について書かれてきたビートルズだから、「解散の真実」なんてもう検証され尽くしたテーマなんじゃないのかというのがまず思ったことだった。だがこの邦題、主題から少々ズレているのだ。原題は「You Never Give Me Your Money」。そう、『アビイ・ロード』に収められたポール・マッカートニーの楽曲から採られている。この曲は、ビートルズの4人が共同経営者となり設立したアップル・コア社、彼らを守り、夢を実現する砦(とりで)となるはずだった会社が、いつしか彼らを縛り付け苦しめる牢獄(ろうごく)と化してしまった状況を嗟嘆(さたん)したものだ。
つまり主題は、アップル・コア社とビートルたちが辿(たど)った運命であり、解散前から書き起こされているものの、重点はむしろ「解散後(ヽ)の真実」にある。
ビートルズを、ひっきりなしの訴訟や、複雑怪奇な金の流れ、漁夫の利を狙い蠢(うごめ)く人々などに翻弄されたある巨大な企業体として描き出すこと。
加えて、法律だの財政だの、創造性とは懸け離れた問題に絶え間なく煩悩させられながら音楽を作り続けた4人の愛憎と利害にまみれた関係を、神話の登場人物ではなく、現代社会を生きる人間の軌跡として記録すること。本書の狙いはそこにある。
客観性、中立性を強く意識しているためか、ときに辛辣で容赦ないのだが(特にオノ・ヨーコのファンは気分を害するかもしれない)、40年来のビートルズ・コレクターであり、30年のキャリアを持つ音楽ジャーナリストである著者は、「神話」に絡め取られずに「人間」と「現実」を書くにはそんな筆致がふさわしいと判断したのだろう。
先行資料の精査はもちろん、海賊盤なども押さえ、関係者への新たな取材も多く行い、かつてない包括性と実証性を目論(もくろ)んだと思われるこの大著が描写するビートルたちは、人間味があるという域を超えて、グロテスクなまでに生々しい。生々しさの大部分はやはり「金」をめぐる人間模様から浮上している。純粋であることが不可能になった仲間たちが、それでも純粋さを希求し続けた痛々しい物語。
ビートルズの魂はアップル・コア社の重役用会議室や、四人の億万長者の銀行口座ではなく、彼らの曲が持つ、本能的で自然な優雅さの中にこそ存在する。
著者はそう結論する。神話を剥いでもビートルズの音楽の輝きは損なわれたりしないというわけだが、話は逆で、輝きの永遠性があればこそ本書の神話解体は成り立っているのである。