貴重な図版をながめるだけでも楽しめる何度でも美味しい豪華本
そもそもシャーロッキアーナ(シャーロッキアンの活動やその研究内容)の始まりは、ホームズ物語における(ワトスンの記述の)矛盾点の指摘、ホームズのプロフィールの推理、事件発生年月日の特定(年代学)、事件の場所の特定(候補地、モデル探し)などであった。事件の場所の特定は、ホームズの足跡をたどる行為であり、現代では「聖地巡礼」などとも言われる。昔のものではマイケル・ハリスンの著書In the Footsteps of Sherlock Holmes(1971年)が有名だが、これまで刊行された「足跡巡り本」は、30冊を超えているはずだ(いずれも英米の刊)。
そうした中でも、本書はロンドン市内に特化しているという特徴をもつ。現代のロンドンを巡るだけでなく、ホームズの時代のロンドンにまつわるコラム(と当時の写真)を各章に廃したところも特徴的だろう。やはり(ドイルはともかく)ホームズの活躍のホームグラウンドはロンドンであり、ホームズはロンドンの申し子であるということを、実感できるのではないだろうか。
鉄道ファンは乗り鉄、撮り鉄、食べ鉄、時刻表マニアなどいろいろに分類されるが、シャーロッキアンの足跡巡りは乗り鉄に相当すると言えるだろう。コアなシャーロッキアンでなくとも、本書を読んでいると実際にロンドンに行きたくなるのではないかと思う。そんな気に少しでもなってくれれば、訳者としてはうれしいかぎりだ。
なお、冒頭の「訳者注記」にも書いたが、今回の訳出にあたって、特に新規の現地取材はしていない。ある程度の調べはしてあるが(訳注として附した)、最近は現地にいる人や旅行をした人たちが最新情報をネットに上げてくれるケースが多いので、実際に行く場合はそうしたものや、施設自体のWebサイトを確認することをお勧めする。
そもそも、ホームズ物語における架空の場所や建物の候補地やモデルがどこかという説はさまざまにあるし、これまでの研究書でもいろいろと違いがある。ご自分で現地を訪れ、自分なりの新説をつくるのも、愉しみ方のひとつであろう。
目次
はじめに第1章 19世紀末ロンドンの“神秘的な外套”――霧、辻馬車、そして4本足の友人たち
第2章 ウェスト・エンドからウェストミンスターへ――ホームズ物語の中心地
コラム ヤードによる捜査
第3章 ブルームズベリーからバーツへ――死の気配がする
コラム“異端児”の活躍
第4章 チャリング・クロスからセント・ポール大聖堂へ――名探偵の足跡をたどって
コラム 劣悪な環境
第5章 ソーホーとコヴェント・ガーデン――食べて、飲んで、笑おう
コラム 街へ出かける
第6章 さあ、西へ向かうぞ!――緑地帯ケンジントンへ
コラム 心霊と幽霊
第7章 ミステリアス・イースト――“スクウェア・マイル”と、その先
コラム 電信電話と郵便
第8章 霧の向こうへ――ホームズとともに街を出る
あとがき 不滅のシャーロック・ホームズ
[書き手]日暮雅通(翻訳者)