書評
『孤客―哭壁者の自伝』(太田出版)
先日、入院中の父親から用事があるので大阪まで来てほしいと連絡があった(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1998年)。七十七歳の父親は、幼時に患った小児麻痺のせいで脚が悪く、障害者手帳を持っている。だから、幼い頃わたしはいつも「どうしてうちの父親はあんな不思議な恰好をしているのだろう」と思っていた。絵描きになるつもりで絵の勉強しかしていなかった父親が高橋家の工場を継いだのは、継ぐべき兄たちが戦死したからだった。芸術家でしかもギャンブル好きという父に工場を経営する才覚はなく破産、そして一家離散。父へのわたしや弟の憎しみは長く続いた。だが、やがてわだかまりは消えた。いまは父親の気持ちがよくわかるのである。
癌(がん)の手術を二度耐えた父親は、祖母や叔母たちが死んだ実家に移り住み一人で暮らしていたが、体調悪化して病院へ駆け込んだのだった。
わたしと弟を呼んだ父親は病院の近くの中華料理屋でこう告げた。体力も衰え、一人で暮らすことができなくなった。しかし、誰の世話にもなりたくないので、実家を処分し精算した後、老人ホームに移りたい。その手続き一切を頼みたいと。
「高橋家を解散するということですね」とわたしがいうと、
「そういうこっちゃ」と父親は答えた。
固形物もアルコールも受けつけなくなったという父親は、わたしと弟の食事を黙って見ていたが、やがて我慢できなくなったのか、わたしのコップのビールを五ミリほど飲んだ。
「うまい」
店を出て、病院まで送り、その別れ際、父親がこういった。
「源一郎君、皐月賞は何や?」
「セイウンスカイじゃないですか」
「そうか。競馬場へ行きたいけど、この体じゃなあ」
そして、父親は病室に消えた。
大阪から帰ってくると、ゲラが届いていた。『孤客』(徳南晴一郎著、太田出版)のゲラだった。
『孤客』は「幻の漫画家」徳南晴一郎の自伝である。徳南晴一郎は「昭和九年六月一日。両親の新婚の幸福にあやかるべく長男として生を享けた。ところがそうならなかった訳はすぐ知れる。幼稚園に上る数年前にジフテリアの大患に逢着。甲状腺機能障害、脳下垂体機能不全小人症に罹患した『侏儒病』!……。私が運命を選んだのではなかった。運命が私を選んだのだった。白羽の矢が立ち烙印を押された以上、私の運命を実証せねばならぬ。厭世的彼岸に着くのはたやすい。生きて苦しんで深刻沈痛の煩累を達観しよう」。
かくして、身長百四十センチの徳南晴一郎は自らの運命に立ち向かう。『孤客』はその全記録である。漫画家になり、挫折し、地べたを這うように生き、呪詛(じゅそ)し、当たり散らしたモノローグである。頑固で、貧乏くさく、自閉的で、我(わ)が儘(まま)で、短気で、自制心の乏しい老人の繰り言である。だが、それにもかかわらず、わたしは読むのを止めることができない。なぜなら、彼の不満の源泉は孤独にあり、その孤独は我々が唯一、共有しているものだからだ。そして、感動は最後にやって来る。
【この書評が収録されている書籍】
癌(がん)の手術を二度耐えた父親は、祖母や叔母たちが死んだ実家に移り住み一人で暮らしていたが、体調悪化して病院へ駆け込んだのだった。
わたしと弟を呼んだ父親は病院の近くの中華料理屋でこう告げた。体力も衰え、一人で暮らすことができなくなった。しかし、誰の世話にもなりたくないので、実家を処分し精算した後、老人ホームに移りたい。その手続き一切を頼みたいと。
「高橋家を解散するということですね」とわたしがいうと、
「そういうこっちゃ」と父親は答えた。
固形物もアルコールも受けつけなくなったという父親は、わたしと弟の食事を黙って見ていたが、やがて我慢できなくなったのか、わたしのコップのビールを五ミリほど飲んだ。
「うまい」
店を出て、病院まで送り、その別れ際、父親がこういった。
「源一郎君、皐月賞は何や?」
「セイウンスカイじゃないですか」
「そうか。競馬場へ行きたいけど、この体じゃなあ」
そして、父親は病室に消えた。
大阪から帰ってくると、ゲラが届いていた。『孤客』(徳南晴一郎著、太田出版)のゲラだった。
『孤客』は「幻の漫画家」徳南晴一郎の自伝である。徳南晴一郎は「昭和九年六月一日。両親の新婚の幸福にあやかるべく長男として生を享けた。ところがそうならなかった訳はすぐ知れる。幼稚園に上る数年前にジフテリアの大患に逢着。甲状腺機能障害、脳下垂体機能不全小人症に罹患した『侏儒病』!……。私が運命を選んだのではなかった。運命が私を選んだのだった。白羽の矢が立ち烙印を押された以上、私の運命を実証せねばならぬ。厭世的彼岸に着くのはたやすい。生きて苦しんで深刻沈痛の煩累を達観しよう」。
かくして、身長百四十センチの徳南晴一郎は自らの運命に立ち向かう。『孤客』はその全記録である。漫画家になり、挫折し、地べたを這うように生き、呪詛(じゅそ)し、当たり散らしたモノローグである。頑固で、貧乏くさく、自閉的で、我(わ)が儘(まま)で、短気で、自制心の乏しい老人の繰り言である。だが、それにもかかわらず、わたしは読むのを止めることができない。なぜなら、彼の不満の源泉は孤独にあり、その孤独は我々が唯一、共有しているものだからだ。そして、感動は最後にやって来る。
私が生涯から得た教訓はそれを忘れるにしては余りにも高く買われている。私から洩れた嘆息はそのまま充分に支払われる報酬だ。私の過去も未来も唯一にして無二である。私としては私自身を発展させるほか生き甲斐がなかった。最初にあるのは私で、それから世界があった。思索の出発点はどこまでも私である。私は私を天の寵児として遇しよう。なぜなら私は私の眼に涙を惜しまぬから。私は私を運命より贈られた引出物として受け取ろう。
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