書評
『虫たちの越冬戦略―昆虫はどうやって寒さに耐えるか』(北海道大学出版会)
昆虫はどうやって寒さに耐えるか、という副題のついた『虫たちの越冬戦略』という本を読んだ。
これは北海道大学の朝比奈英三名誉教授が、長年の冬の昆虫観察の結果を専門外の読者にもわかるように解説してくれた著作である。蛾の一種であるイラガを筆頭にエゾシロチョウや蟻ヒメバチ、蜜蜂など、数多くの事例が報告されている。
昆虫たちは低温そのものの脅威と、冷却された結果として虫の体内に氷ができて損傷を受ける凍害から、どんな工夫をして身を守り、冬を越すのか。読んでいて感心したのは、ある種の虫は、血液が当然凍るはずの温度になっても、血液の中でグリセリンや糖などの凍害防御物質を蓄えて害を防ぐ。また別の種類の昆虫はたとえ体内に氷ができても、それが細胞内凍結にならないように、体全体が過冷却の状態になる以前に、細胞外の凍結をはじめ、細胞膜を挟んでの液体の浸透圧差を利用して、細胞が凍結するのを防ぐらしい。著者はこれを「自然の巧みを思わせる」と述べているが、まことに造物主の叡智を想わせる美しさである。また、蜜蜂などの場合は何千匹も密集して球状の塊を作り、互いに、羽を上げ下げする筋肉を動かし、自ら熱を起こし、中心にいくほど暖かい環境をつくるという。そのエネルギー源は夏のあいだに巣へ貯蔵した蜜であるという。著者は、「蜜蜂は高度に発達した社会生活を営み、巣箱の中で組織化された集団として越冬する」と述べ、尚詳しく知りたい読者には参考書まで教える親切さである。
読んでいて、私がこの本に興味を魅かれたのは、いろんな意味で現代文明社会に、〝冬の時代〟が来つつあるのではないか、という問題意識からであったと気がついた。
たとえば、我国は国際社会で全く孤立して、その意味では冬の状態である。また、大気汚染、海洋汚染、熱帯樹林の消滅、温暖化などは、技術偏重の文明社会への重大な警告でないものはない。こうした危険な状態が進んでいるのがわかっていながら、何とかしてくれという依頼心だけが先にあって有効な行動が起きない現状は、とても昆虫たちの知恵に人間社会は及ばないのではないか。『虫たちの越冬戦略』を読みすすむにつれて、人間社会の重大で痛切な警告を虫たちが放ってくれているように見えてきたのである。
【旧版】
これは北海道大学の朝比奈英三名誉教授が、長年の冬の昆虫観察の結果を専門外の読者にもわかるように解説してくれた著作である。蛾の一種であるイラガを筆頭にエゾシロチョウや蟻ヒメバチ、蜜蜂など、数多くの事例が報告されている。
昆虫たちは低温そのものの脅威と、冷却された結果として虫の体内に氷ができて損傷を受ける凍害から、どんな工夫をして身を守り、冬を越すのか。読んでいて感心したのは、ある種の虫は、血液が当然凍るはずの温度になっても、血液の中でグリセリンや糖などの凍害防御物質を蓄えて害を防ぐ。また別の種類の昆虫はたとえ体内に氷ができても、それが細胞内凍結にならないように、体全体が過冷却の状態になる以前に、細胞外の凍結をはじめ、細胞膜を挟んでの液体の浸透圧差を利用して、細胞が凍結するのを防ぐらしい。著者はこれを「自然の巧みを思わせる」と述べているが、まことに造物主の叡智を想わせる美しさである。また、蜜蜂などの場合は何千匹も密集して球状の塊を作り、互いに、羽を上げ下げする筋肉を動かし、自ら熱を起こし、中心にいくほど暖かい環境をつくるという。そのエネルギー源は夏のあいだに巣へ貯蔵した蜜であるという。著者は、「蜜蜂は高度に発達した社会生活を営み、巣箱の中で組織化された集団として越冬する」と述べ、尚詳しく知りたい読者には参考書まで教える親切さである。
読んでいて、私がこの本に興味を魅かれたのは、いろんな意味で現代文明社会に、〝冬の時代〟が来つつあるのではないか、という問題意識からであったと気がついた。
たとえば、我国は国際社会で全く孤立して、その意味では冬の状態である。また、大気汚染、海洋汚染、熱帯樹林の消滅、温暖化などは、技術偏重の文明社会への重大な警告でないものはない。こうした危険な状態が進んでいるのがわかっていながら、何とかしてくれという依頼心だけが先にあって有効な行動が起きない現状は、とても昆虫たちの知恵に人間社会は及ばないのではないか。『虫たちの越冬戦略』を読みすすむにつれて、人間社会の重大で痛切な警告を虫たちが放ってくれているように見えてきたのである。
【旧版】
初出メディア
