米国とは異なる王国の逸話の数々
白人社会と異民族問題というと、誰もが西部劇で見慣れた、アメリカ西部におけるネイティヴ・アメリカン(かつては「インディアン」と言う言葉で一括(ひとくく)りされていた)と騎兵隊の戦いを思い出す。同時に、アメリカ南部を中心とした綿花産業に窘迫(きんぱく)化されていたアフリカに出自を持つ黒人奴隷のアメリカ社会における地位の変遷も、もう一つのお馴染(なじみ)の話題となる。公民権運動とも繋(つな)がる後者の問題は、リンカーン以来のアメリカの政治課題であったし、差別の問題が完全に片付いたとは言い切れない状況が残ってもいる。私たちの常識は、この課題は専らアメリカの問題である、と告げる。しかし。評子の個人的な経験を記すことをお許しいただきたい。生物進化論の問題に取り組んでいたときに、例のイギリス国教会の重鎮、「口達者な<Soapy>サム」ことサミュエル・ウィルバーフォースが、ダーウィンに代わって論争の矢面に立ったハクスリたちに対して、サルを祖先にしていることを尋ねる、という方法でダーウィン説への強烈な反対を示したことを知った。ところが図らずも、その「サム」の父親が、イギリスにおける奴隷解放論の先頭に立っていたことを学んでびっくりした覚えがある。イギリスで黒人奴隷問題? そういえば、イタリアの話に託されてはいるが、また奴隷の話ではないが、シェイクスピアの『オセロー』は、黒人が主役ではないか(本書でもちゃんと『オセロー』に言及されている)。
それから、関心が広がり、イギリスにおける黒人問題が、王室を持つイギリスでは、アメリカと同じ形にならないのは当然としても、社会的に大きな課題であった(ある)ことについても、多少は勉強することになった。そのテーマを扱った本書の著者の前著『内なる帝国・内なる他者』(晃洋書房)は有難かった。
本書も、イギリスにおける黒人の歴史を、その源に遡(さかのぼ)って記述することから始まる。古代ローマ時代、属州ブリタニアには、もしかするとアングロ・サクソンと呼ばれる人々よりも前に、アフリカからの人々がいた可能性があるという。一事が万事。イギリスにおける黒人の問題は、アメリカの場合とは違ったパースペクティヴの中で展開する。
ところで、イギリスの植民地政策の先頭に立つ会社、と言えば誰もが先(ま)ずは一六〇〇年創設の東インド会社(EIC)を想起するが、ここでは創設はEICに六十年遅れた王立アフリカ会社(RAC)が主役のようだ。もう一つ、地域としては南米ベネズエラの北、カリブ海のバルバドス島が主役となる。この島は、海洋活動上イギリスの宿敵だったポルトガルが十六世紀に占有したが、余り関心は強くなく、十七世紀になってイギリスが、サトウキビ栽培の利点を目当てに、プランテーションの経営を始め、アフリカからの奴隷を労働力に砂糖産業の中心地になっていく。そこで富裕となったイギリス人が、富裕の証として本国に連れ帰った奴隷たちが、「黒いイギリス人」の出発点であった。言い換えれば、アメリカにおける奴隷は南部における綿花産業の労働力として使われたが、イギリスにおけるそれは、イギリス本土での労働力としての価値は、アメリカに比べて小さく、主として家内労働に使われたとされる。
その人数に関しても、著者は色々な史料を引きながら、従来やや誇張されてきたが、今以(もっ)て確認はできないものの、十七世紀末で一万人程度辺りが、ほぼ確かな数字ではないかという。また、ほぼその頃に起こった裁判の判決として、彼らの「自由」が一応法的には保証されたとも考えられる。例のダーウィン説を巡る悪役<Soapy Sam>の父親ウィリアムも、福音主義の信仰に基づき、奴隷解放運動の先頭に立ったという。
無論それで問題が解決したわけではない。例えば、そうした奴隷たちに関わるデータの一つに、「逃亡」した人々の探索のためにつくられた新聞広告がある。それらは、一人一人の性別、年齢などの基礎情報以外に、身体的特徴などが詳細に記されており、今から見ると、貴重な史料となっている。本書の第二章ではその詳細が明らかにされる。
もう一つは世紀末に始まる「シエラレオネ計画」と呼ばれるものだ。この計画の出発点には、著者が「ペテン師」と呼ぶ怪しげな人物の介入も含めて、様々な曲折はあったが、解放された奴隷の行き場として、西アフリカ南西部、大西洋に面するシエラレオネが定められた、一種の入植運動がそれであった。この地域の歴史も興味深く語られるが、一八三八年イギリスにおける奴隷制の終焉(しゅうえん)のエピソードも興味深い。ことはジャマイカの教会だが、ここでは墓穴が掘られ、「怪物(奴隷制)の埋葬式」が行われたという。
このように紹介していくと、イギリスの黒人を巡る史実には、実に興味をそそられる逸話の宝庫でもあることが判(わか)る。その面白さは、本書を実際に読んで頂くほかないが、すべてが綿密な歴史研究の成果であることを忘れるわけにはいかない。