読書日記
米光 一成「新刊めったくたガイド」本の雑誌2005年2月号―松山ひろし『呪いの都市伝説カシマさんを追う』(アールズ出版)、ロビン・ウィルソン『四色問題』(新潮社)、他
中学生のころだったか、「逆さま僧侶」って話が流行った。
文是(ぶんぜ)って僧がいたんだけど、盗賊に殺されてしまう。逆さまに埋められた彼は成仏できなくて、幽霊になって彷徨(さまよ)ってる。で、この話を聞いちゃうと、その人のところに、翌日の深夜、僧文是の霊が現れる。彼は、天井に足をつけて、さかさまになって、あなたの顔を見て、「どうして、わたしは、このような状態なのだ?」と聞く。これに、一言で答えないと、呪い殺されてしまう。
ちなみに「逆さまに埋められたから」なんて答えても、逆さまになった僧文是は納得してくれない。もっと得心のいく答えを叫ばなければならない。どう答えればいいのかわかりますか?
って、なんでこんな話をしてるのかっていうと、松山ひろし『呪いの都市伝説カシマさんを追う』(アールズ出版/一三〇〇円)を読んだから。都市伝説は、実際に起こった怖い話というふれこみで伝播する噂話。「口裂け女」や、「トイレの花子さん」が代表格だろう。本書が扱う「カシマさん」っていう都市伝説は、いろいろなバリエーションがあるけれど、たとえば──。
高速道路で交通事故にあって、足を失った女性が成仏できないでいる。この話を聞いてしまうと、三日以内の夜にその女性の霊が現れ、「足はいるか~」と聞いてくる。「いらない」と答えると、足を切られて殺される。でも、「カシマさんのカは仮面のカ、シは死人のシ、マは魔物のマ」と言えば助かる。
インターネットや図書館を駆使して、この都市伝説のルーツを探っていくんだけど、下山事件や、鹿島炭鉱が関係しているんじゃないか、とか、他の都市伝説と融合しているのではないか、と謎を追及していくところは、ちょっと推理小説に似た面白さ。物語が流布していくうちに変化していく過程もわかって楽しい。都市伝説をたくさん紹介する本は何冊か出てるんだけど、ひとつの都市伝説を追求したものは珍しいので、オススメです。
ちなみに、最初に紹介した僧文是の話は、都市伝説というよりもクイズです。答え、わかった? ヒント、叫ぶ言葉は五文字。
ロビン・ウィルソン・茂木健一郎訳『四色問題』(新潮社/二〇〇〇円)も、ひとつのことを追求していく本。
「四色あれば、どんな地図でも隣り合う国々が違う色になるように塗り分けることができるか?」ってのが四色問題。問題としては極めてシンプルだけど、これを証明するために全世界の数学者・パズラーが百五十年も頭を悩ませる。
この手の翻訳書って、小説風の描写が長々と入ったり、面白くないジョークが入ってたりすることが多くて、苦手なんだけど、本書は、そんなイライラする部分がない。四色問題に関わった人々のエピソードと、その証明の過程が、むだなくわかりやすく描かれてる。
正直、数式の部分は、難しくて、ちょっと飛ばしてしまったけど、天才たちの苦悩のドラマとして読むには何の支障もなし。逆に、ふんだんに入っている図は、子供の塗り絵を連想させて、そんな問題に学者たちが苦悩していることが、微笑ましくて、思わずニコニコしてしまう。
しかも、最後の証明が、アンチクライマックスで、いい! まず、四色問題を八千九百種類の配置に分類し、それをしらみつぶしにコンピュータでチェックしてしまう。人間の手だけでは無理で、コンピュータの力を借りないと証明できない。エレガントからはほど遠い証明で、「この定理があんなひどい方法で証明されることを神がお許しになるはずがない!」「証明どころか、証明らしきものさえ見当たらない」なんて言う人もいて、賛否両論を巻き起こす。証明という概念そのものを考え直さざるを得ないという事態になっていって、複雑な読後感を残して、楽しい。
上野玲『ナポリタン!』(扶桑社/一一〇〇円)は、ナポリタンスパゲッティにこだわった一冊。ルーツ、美味しい作り方、名店めぐり、海外のナポリタンなど。なんだろう、この不思議な情熱は! そして読んでるとむしょうに食べたくなる。が、わりと近所の店にはないんだよ、これが。
呉智英の『言葉の常備薬』も、追求の楽しさ。林と森では、どちらが木の数が多いか? 空海の苗字は? すし詰めのスシって? 四ページ一項目、たんなる言葉薀蓄じゃなくて、いかに自分が不用意に言葉を使っているか、そして思考停止していたかを気づかせてくれるコラムになっている。
森達也『いのちの食べかた』(理論社/一〇〇〇円)は、「よりみちパン!セ」というヤングアダルト新書。日々食べている「お肉」は、どんなふうに食卓に届くの? という疑問からスタートして、牛や豚がどのように解体され肉になっていくのか、歴史や、穢(けが)れ、差別の問題について、ていねいに描くなかで、ちゃんと知って、思考停止しないことの大切さを繰り返し説く。「よりみちパン!セ」シリーズは、今後のラインナップも面白そうなものメジロ押しなので、大注目。
月下さがの・しみずぺと子『腐女子的らぶたん』(ソフトマジック/一三〇〇円)は、すごいよ! 「腐女子」っていうのは、ボーイズラブ(美少年と美少年がHする話)を愛する女子が、自分たちをちょっと自嘲的に呼ぶ言葉なのですな。で、この本は、腐女子が使う言葉や、シチュエーションなどを、ショートショートで解説した本。いやさ、驚愕の連続。
たとえばシチュエーション編のタイトルを羅列してみましょーか。「潜伏先で探偵が犯人に」「外でヴァンパイアを狙う狼男が」「王子をそそのかす悪魔」「育ての親は魔法使い」「少年聖歌隊と牧師」などなど。吸血鬼が狼男に「おいたをするわんこにはしつけが必要ですね」と言って、尻尾をつかんでHしてしまいますよ。なんてバラエティあふれるファンタジックな世界! 今月の奇想本大賞に決定です。
最後に漫画だけど、とんでもないので紹介。三宅乱丈『大漁! まちこ船』(講談社/六八六円)、主人公の少女まちこさんの職業は「マグロの餌」。マグロに食べられ、釣り上げられます。さっさとマグロの腹をかっさばいて、出してもらわないと消化されちゃいます。って説明しても、どんな漫画かよくわからないでしょ! でも、そのまんまですから。ともかく読んでみてくださいってことで!
【この読書日記が収録されている書籍】
文是(ぶんぜ)って僧がいたんだけど、盗賊に殺されてしまう。逆さまに埋められた彼は成仏できなくて、幽霊になって彷徨(さまよ)ってる。で、この話を聞いちゃうと、その人のところに、翌日の深夜、僧文是の霊が現れる。彼は、天井に足をつけて、さかさまになって、あなたの顔を見て、「どうして、わたしは、このような状態なのだ?」と聞く。これに、一言で答えないと、呪い殺されてしまう。
ちなみに「逆さまに埋められたから」なんて答えても、逆さまになった僧文是は納得してくれない。もっと得心のいく答えを叫ばなければならない。どう答えればいいのかわかりますか?
って、なんでこんな話をしてるのかっていうと、松山ひろし『呪いの都市伝説カシマさんを追う』(アールズ出版/一三〇〇円)を読んだから。都市伝説は、実際に起こった怖い話というふれこみで伝播する噂話。「口裂け女」や、「トイレの花子さん」が代表格だろう。本書が扱う「カシマさん」っていう都市伝説は、いろいろなバリエーションがあるけれど、たとえば──。
高速道路で交通事故にあって、足を失った女性が成仏できないでいる。この話を聞いてしまうと、三日以内の夜にその女性の霊が現れ、「足はいるか~」と聞いてくる。「いらない」と答えると、足を切られて殺される。でも、「カシマさんのカは仮面のカ、シは死人のシ、マは魔物のマ」と言えば助かる。
インターネットや図書館を駆使して、この都市伝説のルーツを探っていくんだけど、下山事件や、鹿島炭鉱が関係しているんじゃないか、とか、他の都市伝説と融合しているのではないか、と謎を追及していくところは、ちょっと推理小説に似た面白さ。物語が流布していくうちに変化していく過程もわかって楽しい。都市伝説をたくさん紹介する本は何冊か出てるんだけど、ひとつの都市伝説を追求したものは珍しいので、オススメです。
ちなみに、最初に紹介した僧文是の話は、都市伝説というよりもクイズです。答え、わかった? ヒント、叫ぶ言葉は五文字。
ロビン・ウィルソン・茂木健一郎訳『四色問題』(新潮社/二〇〇〇円)も、ひとつのことを追求していく本。
「四色あれば、どんな地図でも隣り合う国々が違う色になるように塗り分けることができるか?」ってのが四色問題。問題としては極めてシンプルだけど、これを証明するために全世界の数学者・パズラーが百五十年も頭を悩ませる。
この手の翻訳書って、小説風の描写が長々と入ったり、面白くないジョークが入ってたりすることが多くて、苦手なんだけど、本書は、そんなイライラする部分がない。四色問題に関わった人々のエピソードと、その証明の過程が、むだなくわかりやすく描かれてる。
正直、数式の部分は、難しくて、ちょっと飛ばしてしまったけど、天才たちの苦悩のドラマとして読むには何の支障もなし。逆に、ふんだんに入っている図は、子供の塗り絵を連想させて、そんな問題に学者たちが苦悩していることが、微笑ましくて、思わずニコニコしてしまう。
しかも、最後の証明が、アンチクライマックスで、いい! まず、四色問題を八千九百種類の配置に分類し、それをしらみつぶしにコンピュータでチェックしてしまう。人間の手だけでは無理で、コンピュータの力を借りないと証明できない。エレガントからはほど遠い証明で、「この定理があんなひどい方法で証明されることを神がお許しになるはずがない!」「証明どころか、証明らしきものさえ見当たらない」なんて言う人もいて、賛否両論を巻き起こす。証明という概念そのものを考え直さざるを得ないという事態になっていって、複雑な読後感を残して、楽しい。
上野玲『ナポリタン!』(扶桑社/一一〇〇円)は、ナポリタンスパゲッティにこだわった一冊。ルーツ、美味しい作り方、名店めぐり、海外のナポリタンなど。なんだろう、この不思議な情熱は! そして読んでるとむしょうに食べたくなる。が、わりと近所の店にはないんだよ、これが。
呉智英の『言葉の常備薬』も、追求の楽しさ。林と森では、どちらが木の数が多いか? 空海の苗字は? すし詰めのスシって? 四ページ一項目、たんなる言葉薀蓄じゃなくて、いかに自分が不用意に言葉を使っているか、そして思考停止していたかを気づかせてくれるコラムになっている。
森達也『いのちの食べかた』(理論社/一〇〇〇円)は、「よりみちパン!セ」というヤングアダルト新書。日々食べている「お肉」は、どんなふうに食卓に届くの? という疑問からスタートして、牛や豚がどのように解体され肉になっていくのか、歴史や、穢(けが)れ、差別の問題について、ていねいに描くなかで、ちゃんと知って、思考停止しないことの大切さを繰り返し説く。「よりみちパン!セ」シリーズは、今後のラインナップも面白そうなものメジロ押しなので、大注目。
月下さがの・しみずぺと子『腐女子的らぶたん』(ソフトマジック/一三〇〇円)は、すごいよ! 「腐女子」っていうのは、ボーイズラブ(美少年と美少年がHする話)を愛する女子が、自分たちをちょっと自嘲的に呼ぶ言葉なのですな。で、この本は、腐女子が使う言葉や、シチュエーションなどを、ショートショートで解説した本。いやさ、驚愕の連続。
たとえばシチュエーション編のタイトルを羅列してみましょーか。「潜伏先で探偵が犯人に」「外でヴァンパイアを狙う狼男が」「王子をそそのかす悪魔」「育ての親は魔法使い」「少年聖歌隊と牧師」などなど。吸血鬼が狼男に「おいたをするわんこにはしつけが必要ですね」と言って、尻尾をつかんでHしてしまいますよ。なんてバラエティあふれるファンタジックな世界! 今月の奇想本大賞に決定です。
最後に漫画だけど、とんでもないので紹介。三宅乱丈『大漁! まちこ船』(講談社/六八六円)、主人公の少女まちこさんの職業は「マグロの餌」。マグロに食べられ、釣り上げられます。さっさとマグロの腹をかっさばいて、出してもらわないと消化されちゃいます。って説明しても、どんな漫画かよくわからないでしょ! でも、そのまんまですから。ともかく読んでみてくださいってことで!
【この読書日記が収録されている書籍】
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