書評
『モスクへおいでよ』(小峰書店)
なぜこんなにも急速に16億人の心をつかんだか
伝統ある宗教は人間の深奥を探求する哲学を内包していることが常であり、私たちに多くのことを教えてくれる。だがそれが宗教である以上、最終的な局面ではどうしても「信じるか、信じないか」の二者択一を迫ってくる。子どもの頃から科学的思考による教育を受けてきた現代の日本人には、これがつらい。もう一つ、私たちは長い間、多神教の社会で生きてきた。生まれたときのお宮参りに始まり、クリスマスを楽しみ、初詣に出かけ、チャペルで神に愛を誓い、やがて葬式では仏さまの世話になる。神社仏閣では自然に頭を下げるし、パワースポットを巡ったりもする。特定されない「人間以上の存在」を敬うことは身についているが、一神教の神さまに「私だけを信じよ」と求められるとたじろいでしまう。とくにイスラム教となると、過激派によるテロや遺跡破壊の件もあり、「縁遠い存在」であるに留まっている。
だが、この教えを信奉する人は16億人。世界人口の4人に1人。「知りません」で済ませられる存在ではない。代数や化学をうみ、カメラやコーヒーを世に送り出したこの教えは、西暦610年頃、マッカ(メッカ)に住む一商人、ムハンマド(マホメット)が神の声を聞いたところから始まる。預言者ムハンマドの生涯は波瀾(はらん)万丈で、この教えがなぜ急速に人々の心を掌握していったかを教えてくれる。歴史学としても文学としても、まことに興味深い。
イスラム教が重要だと分かっていても、なかなか身近に感じる機会がない。そう感じる方は、子ども向けだが、ぜひこの本を手にとってほしい。さまざまな体験を経てイスラームの教えに入信した一人の日本人を基軸として、とても易しく、けれども要点をしっかりと伝えてくれる。
ALL REVIEWSをフォローする