慎ましさ、華やかさ、遊び心の歴史
本書はロンドン在住のフリーライターで、俳優としても活躍するニーナ・エドワーズによる『下着の文化史 古代の腰布からスポーツブラまで(The Virtues of Underwear: Modesty, Flamboyance and Filth)』の全訳です。エドワーズは、これまでに『白の服飾史』(原書房、2023年)、『雑草の文化誌』(原書房、2022年)、『モツの歴史』(原書房、2015年)のほか、衣服のボタンや、第一次世界大戦中の服飾、そして「暗闇」にまつわる文化史などについての著作があります。歴史から時事問題にいたるまでの広範な知識と人間への深い洞察を絡めた独自の切り口がとても興味深い著作家です。
原題である「The Virtues of Underwear: Modesty, Flamboyance and Filth」は、「下着の美徳――慎ましさ、華やかさ、そして淫らさ」といった意味になりますが、まさに本書のおもしろさは、下着の形状や機能だけでなく、その背景にある人間の価値観や本能を露わにしようと試みた点にあります。エドワーズは、古代から現代までのさまざまな下着や下着を取り巻く事象を取り上げ、ときにユーモラスなエピソードをまじえ、わたしたちの「常識」や「思い込み」を揺さぶります。そして、毎日のなにげない下着選びにも、実に色々な心理が働いていることに気づかせてくれます。博物館の中を一人じっくり見て歩くときのように、新しい発見に驚きながら自分自身を振り返る、そんな読書体験ができるかもしれません。
本書の章立てもユニークです。時代を追って下着の歴史を紹介するのではなく、テーマごとに古今東西の下着が、場合によっては複数の章をまたいで登場します。「下着はなんのためにあるのか?」という大前提をテーマに掲げた第1章では、下着には体を保温して保護する役割があり、太古から人間が性器を隠していた痕跡があるいっぽう、時代や地域、宗教によっては、下着をつけることがむしろ淫らで不道徳とみなされたり、「真の姿」を隠す不誠実さと捉えられたりしたことなど、下着が暗示する意味合いについて相反する論点が示されます。続く各章では、コルセットと道徳やセクシュアリティの関係、ブラジャーが時代によってもたらした影響、下着が露出することによる恥辱や挑発といったさまざまな含意、下着に用いる素材の進化や変遷と社会の関係、生理用ショーツをはじめとする下着の医療・衛生面の役割、信仰における下着の重要性など、今まで考えたこともなかったような視点がちりばめられています。
もう一つ、本書の特徴として、ジェンダーや多様性に対するエドワーズの眼差しがあります。下着の歴史と切り離せない「女性らしさ」の定義への問いかけや、LGBTQ+の人々が直面する更衣室の問題をはじめ、社会で目下議論されている事柄にも随所で触れている点は注目すべきでしょう。
[書き手]秋山絵里菜(翻訳者)