書評
『純血種という病―商品化される犬とペット産業の暗い歴史』(白揚社)
うやむやのまま更新される信仰
一〇年にわたり犬の散歩代行の仕事をしてきた著者は、「犬は人間をありのまま愛してくれるが、一部の人間は犬の中に自分の見たいものだけを見る」姿勢をあちこちで目にしてきた。雑種を毛嫌いし、純血種を信奉する人たち。彼らの強欲のための交配が繰り返され、犬たちの健康がないがしろにされてきた。固執するのは「外見と血統」ばかり。あらゆるパーツが改変されていく。たとえばブルドッグは、「人間の気まぐれで顔を真っ平らにした」ことによって、「口が浅くなり、身体の冷却がうまくいかず、また心臓まひも起きやすくなる」のだという。
もはや、「科学というよりはアートに近い」ブリーディングは、犬の気持ち、つまり脳については何一つ考慮しない。生命に優劣をつける悪しき優生学の思想が色濃く残るばかりか、商売としても暴走するばかり。純血種を権威として高めたがる人たちは「とにかく何か古い時代の話を探し出して安心しようとする」という。
「賞」をもらいたい人たちに向け、ドッグショーの部門が次々と増やされていく。「スモール・ブラック&タン[黄褐色]」「縮れ毛のトイ・テリア」など、どこまでも細分化されていく。「すべての犬に受賞の可能性があったことだろう」と辛い。この手のシニカルな物言いが随所に挟まるが、その指摘がビジネスの異様性を浮き彫りにする。
犬には常に罪がない、だから人間の都合による交配はいけない、と繰り返す。実にシンプルな主張だ。だが、純血種を信奉する人たちは強引な正当化や自分たちとは違うとする回避で、うやむやにする。結果、我欲にすぎない「純血」信仰が更新されていく。
彼らは「犬の障害、苦しみは『高貴さの代償』にすぎない」と考えているというのか。明らかにやってはいけないことをやっている。うやむやにするための能書きを事細かに砕いて論証していく。一体いつまで、放置するつもりなのか。
朝日新聞 2019年5月11日
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