そんなバイセルが綴る日記シリーズは、本好きはもちろん、イギリス的ユーモアを愛する読者たちからも絶大な支持を受けてきた。古書店の日常を、相変わらずのぼやきと皮肉、そして少しの哀愁をまじえて綴る、ウィグタウンの“古書店ワールド”はますます絶好調だ。
そんな日記シリーズの第3弾『ブックセラーズ・ダイアリー3』より、訳者あとがきを抜粋して紹介する。
スコットランドの“本の町”から届いた、古書店主の日記シリーズ第3弾
本書は、スコットランドの田舎町ウィグタウンに住むショーン・バイセルが自ら経営する古書店での日常を日記の形で記した『Remainders of the Day』の全訳である。『ブックセラーズ・ダイアリー』(矢倉尚子訳、白水社、2021年)、『ブックセラーズ・ダイアリー2』(拙訳、原書房、2024年)に続く日記シリーズの第3弾で、2015年の出来事をつづった第2作に続き、本作では主として2016年の日常が記されている。これまでの2作を既読の方はご存じのとおり、バイセルは2001年に故郷ウィグタウンの古本屋を衝動買いし、その「ザ・ブックショップ」は蔵書10万冊のスコットランド最大の古書店として有名になった。バイセルは日記でも大きく扱われているウィグタウン・ブックフェスティバルにも主催者の一人としてかかわっているが、このフェスティバルはスコットランドのみならず世界じゅうから人々を集め、ウィグタウンを「本の町」として宣伝するのに大きく貢献している。
個性派ぞろいの仲間たちと、ネコのキャプテンが今日も大活躍
その古書店での日常をつづった日記シリーズの第3作が本書で、これまでの2作ですっかりおなじみとなった人物も再登場する。スタッフのニッキーが去ってさびしくなってしまったが(ただし、本作でも時々顔を出してくれる)、元パートナーのアンナ、ウィグタウン・ブックフェスティバルのアーティスティック・ディレクターですぐに靴を脱ぎ捨ててしまう癖のあるエリオット、杖作りの名人でスコットランド一の入墨男を自称するサンディといった人々が元気な姿を見せてくれる。前作で初登場したエマヌエラ(またの名をグラニー)もふたたびウィグタウンにやってきて大活躍するし、前半ではメレディスという新スタッフも登場する。部屋に引きこもってパソコンでホラー映画を鑑賞している(らしい)メレディスは、バイセルには理解しがたい価値観を持っているようで、昼休みに2時間費やし、2日休暇を取りたいと言って出ていって1週間も何の連絡もなく休むような女性だ。さらに、毎週金曜日に店の上階でベリーダンス教室(生徒はほとんどいない)を開いているペトラが陰謀論を吹き込み、しばしば店番を替わってくれるメアリーはチャリティ・ショップからがらくた品を買ってくる。もちろん、どんどん巨大化していく飼いネコのキャプテンも忘れてはいけない。常連も一見さんもひとクセあり? 古書店に集う“変わった客たち
「ザ・ブックショップ」には相変わらず変わった客が訪れてくる。前作でも登場した常連客「モグラ男」も時々姿を現すし、値引きを求める客や、忙しそうな様子の店主の迷惑を顧みずになれなれしくおもしろくもない話をしてくる客などもおなじみの存在だ。こういった客に対するバイセルのコメントがまたシニカルで皮肉がきいている。値段を訊いてきて「思っていたのよりちょっと高いね」と返してきた客に対しては、「品のよい人柄を示す返答と言うべきだろう。いつもなら、『ばか言うな、はじめに出たときにはどうせ2ペンスだろ』という答えが返ってくるところだ」と客の上品さをたたえ、買取額に対して不満をぶちまけてきた80代とおぼしき男性に対しては、「そんなに長く生きてきて『これほどの侮辱を受けたことはない』とはおめでたい人生だ。ぼくなんて5歳の時点ですでにこれよりずっとひどい侮辱を受けてきたが」と自虐に走る。アマゾンとの攻防戦に爆笑! 古書店主が語る読書と日常
古書店主らしく読書家のバイセルは本作でも多くの本に言及している。詳しく紹介される作品には一般の日本人にはあまりなじみのない未訳のものが多いのが残念だが、邦訳があるなかではE・M・フォースターの「機械は止まる」が特に印象的だ。機械文明の未来をディストピア的に描いたこの短篇は、バイセルの宿敵アマゾンとのメールのやりとりと比べる形で引用されているが、「機械は止まる」の一節と、アマゾンにアカウント復活を必死に懇願するバイセルのメールおよびそれに答えるアマゾンのアルゴリズムによって作られた機械的なメールを並べて読むと、思わず笑いがこみ上げてくる。
「残り物」には物語がある──私的な思い出がにじむ1冊
カズオ・イシグロの名作『日の名残り(原題The Remain of the Day)』をもじった原題『Remainders of the Day』は文字通り訳せば「その日の残り物」だが、前2作で言い残したことを語りつくそうということだろうか、本書では前2作に比べてバイセルにとってより身近な話題が頻繁に取り上げられている気がする。母が潰瘍破裂で入院したり、精神疾患を抱える友人が警察に逮捕され、精神科病棟に入れられたりといった私的な事柄についてもかなりのページがさかれている。バイセルが撮ったとおぼしき、彼の日常生活をかいま見せてくれる写真――店内の様子や仕事を手伝ってくれた人たち、近隣の美しい風景などを写したもの――もこれまでになくたくさん掲載され、読者を楽しませてくれる。
書き手から“次の書き手”へ──古本屋の物語は終わらない
前2作に続き、各月の冒頭には本屋に関する著作(今回はR・M・ウィリアムソンの『古本屋あれこれ』)が引用され、それについてバイセルが現代の古本屋の立場からコメントを寄せているが、最後の2月では、他の本屋にも自分の経験を本にしてみてはどうかと提案している。これはもしかしたら、古本屋での日々についてはもう思う存分書きつくしたので、その役目を今後は新たな人たちに託したいという気持ちのあらわれなのかもしれない。エピローグではバイセルの近況が語られるが、「ザ・ブックショップ」はコロナ禍後にも客足が途絶えることなく、これまでにない繁盛を見せている。今後続篇が出版されるかどうかにかかわらず、店がいつまでも存続するのを願うばかりだ。[書き手]阿部将大(訳者)