書評
『僕の人生には事件が起きない』(新潮社)
納得できないことがたくさん起きている
芸能人って特別な存在。それなのに、いえ、別に私は普通、特別じゃありません、なんて言うものだから、それを指さして、特別じゃないなんて言う感じが特別なんだよ、と吐き捨てる。ハライチの「陰に隠れがちな方」が綴ったエッセーは、自分の立場の優位性や特異性を静かに味わいながら、時に、悪巧みにも使うから信頼できる。
岩井いわく、30歳を過ぎたくらいで人を集めて同窓会を開こうとする人は「同級生に自分の現状を聞かれて、答えたいのだ。自慢したいのだ」。仲の良かった同級生の女の子を経由して主催者に呼び出された岩井は、彼から「お、天才来た!」と言われる。自分が主役になれると思ったのにハライチの話ばかりになり、想像通りの快感を得られなかったから、岩井と話すことで「自分の価値を認めさせたかった」のだろう、と分析する。
グラスにバニラアイスと抹茶アイスを乗せたものをファミレスで頼むにあたり、両方とも抹茶にできないかと提案すると、無理だと返される。ならば2セット頼み、その一方を両方抹茶にしてほしいとお願いしても、「できないんですよ」と返ってくる。必ずその通りにする、というマニュアルに顔を顰(しか)める。
組み立て式の棚の説明書に怒る。なぜって、実際に購入した棚と、説明書に描かれている棚が微妙に違うものだったから。ベーシックな棚の説明書から作り方を想像せよという。理不尽さに耐えながらも途中で諦めて、風呂に入り、ふて寝してしまう。
今そこで起きていることって、納得できないことの連続。うやむやなままにしておくと、意外と素直に萎(しぼ)む。逆に、暖簾にナイフを刺したら、誰かが「痛い」と叫んだりする。日常の可能性を無限に拡張してみせる、軽やかなのに不穏なエッセー集。
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