書評
『舟を編む』(光文社)
可笑し哀しい
三浦しをんの長編小説『舟を編む』を読んだ。大国語辞典『大渡海』の編集主任に任ぜられた若き変人、というか言葉オタクともいうべき馬締光也という男を主人公として、老国語学者松本先生、そこへ西岡というチャラチャラした編集者やら、定年でやめた前任者荒木やらが加わって、壮絶な努力と年月と予算とを要する大国語辞典を編纂していくという、まあ一種のサクセスストーリーなのであるが、これがどんな筋であるかなどは書かぬが花というものである。
辞書編纂は、しょせん言語オタク的世界で、それそれをどう面白く「物語る」か。作者は、じつにユニークな視点を見付けたものである。
ここに林香具矢という風変わりな美女が出てきて、それと朴念仁馬締との恋模様が、もうひとつの流れとして用意されている。マジメといい、カグヤといい、登場人物はどこかマンガ的だが、ライトノベル的な作品では無論ない。私も国語国文学者のはしくれとして辞書の編纂に関わったこともあるので、偏執狂的といってもいいほどの編纂努力はよく知っている。そのおそるべき真実を精細に調べ尽して書かれていて、面白可笑しく読ませていくうちに、読者は普通見ることも聞くこともない辞書編纂の世界を、いつしか追体験することであろう。その意味では、面白く読めるけれども、重厚な味わいも兼ねた作品だと評し得る。
そして、最後はもののあわれの横溢する結末が用意されているのだが、それはここには言わない。
欲を言えば、もっと長く詳密に書き込んでも興味深く読めたかと思われる。すこーし先を急いでしまったというのが残念な気もする。
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