書評
『長い終わりが始まる』(講談社)
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
主人公はマンドリンサークルに所属している大学四年生の小笠原。まずは、この女子大生の人物造型が不敵です。演奏よりもサークル内の和を大事に考える他の部員を軽蔑してて、三〇万円もするマンドリンを月賦で買い、猛練習によって誰よりも演奏が上達した自分がコンサートミストレス(第一奏者)になれないことが不満で仕方ない。人との距離がうまく取れず、協調性を軽視していて、苛立ちを笑顔で隠すなんて器用なことができないから、〈口はときどき刃物のようになって、ただただ人を傷付けるための言葉が出てくる〉。読みながら「こんな子がそばにいたら面倒臭いなあ」と思ってしまうような共感しにくいキャラクターを、すごくリアルに立ち上げていて、まずはそこに感服つかまつり候。
で、そんな小笠原は、オケでコンダクターを務めている田中にずっと恋をしています。〈みんなと上手くつき合えたり、人に対する優しさを知っていたり、それぞれに気を配ることができたり、場を盛り上げたりすることができる人よりも、……田中が好きなんだ〉と相手に自分の気持ちを隠さない小笠原のうまくいきそうでいかない恋、見えない将来に対する不安や、みんなの中にいるからこそ強く感じる孤独といった心象風景を、サークルという閉じた世界の中に描いたこの小説には、青春という短い季節の中でしか経験しえない、いささか混乱気味で行き場を失いがちな感情のあれこれや、卒業以降の”長い終わり”としか思えない人生の始まりへの怯えと嫌悪感が、みなまで語らぬ抑制の効いた文章によって十全に描かれているのです。
〈趣味のオーケストラの中でだけ親密だった関係は、金を稼いで生活するようになれば、気色の悪い思い出に変わっていくのだろう〉なんてイヤなことを書いてのける山崎ナオコーラが頼もしい。ラスト十二行の青臭いニヒリズムが痛ましくも素晴らしい。さて、第百四十回芥川賞はこの作品をどう評価しますか。候補にならなかったら憤死。
【この書評が収録されている書籍】
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
ラスト十二行の青臭いニヒリズムが、痛ましくも、素晴らしい
山崎ナオコーラが不敵だ。エッセイか何かで「本屋大賞が欲しい。本屋大賞ください」みたいなことをちゃらっと書いたりするから、天然かと思われがちな作家だけど、そんな可愛いタマじゃありません。たとえば、この最新作『長い終わりが始まる』。山崎さんは愛されにくいキャラクターを主人公にした、明るい希望もほっとできる救いもない物語を書くことで、いつの時代もよく売れる、共感性が高かったり癒し系だったりする小説群に対し、ガンを飛ばしている。わたしにはそんな風に読めてしかたないんですの。主人公はマンドリンサークルに所属している大学四年生の小笠原。まずは、この女子大生の人物造型が不敵です。演奏よりもサークル内の和を大事に考える他の部員を軽蔑してて、三〇万円もするマンドリンを月賦で買い、猛練習によって誰よりも演奏が上達した自分がコンサートミストレス(第一奏者)になれないことが不満で仕方ない。人との距離がうまく取れず、協調性を軽視していて、苛立ちを笑顔で隠すなんて器用なことができないから、〈口はときどき刃物のようになって、ただただ人を傷付けるための言葉が出てくる〉。読みながら「こんな子がそばにいたら面倒臭いなあ」と思ってしまうような共感しにくいキャラクターを、すごくリアルに立ち上げていて、まずはそこに感服つかまつり候。
で、そんな小笠原は、オケでコンダクターを務めている田中にずっと恋をしています。〈みんなと上手くつき合えたり、人に対する優しさを知っていたり、それぞれに気を配ることができたり、場を盛り上げたりすることができる人よりも、……田中が好きなんだ〉と相手に自分の気持ちを隠さない小笠原のうまくいきそうでいかない恋、見えない将来に対する不安や、みんなの中にいるからこそ強く感じる孤独といった心象風景を、サークルという閉じた世界の中に描いたこの小説には、青春という短い季節の中でしか経験しえない、いささか混乱気味で行き場を失いがちな感情のあれこれや、卒業以降の”長い終わり”としか思えない人生の始まりへの怯えと嫌悪感が、みなまで語らぬ抑制の効いた文章によって十全に描かれているのです。
〈趣味のオーケストラの中でだけ親密だった関係は、金を稼いで生活するようになれば、気色の悪い思い出に変わっていくのだろう〉なんてイヤなことを書いてのける山崎ナオコーラが頼もしい。ラスト十二行の青臭いニヒリズムが痛ましくも素晴らしい。さて、第百四十回芥川賞はこの作品をどう評価しますか。候補にならなかったら憤死。
【この書評が収録されている書籍】
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