書評
『文学王』(ブロンズ新社)
『文学王』というお茶目ですてきなタイトルがついているけれど、内容から言うと、著者は「読書王」だ。
誰かが何かを「おいしい!」と食べているのを見ると、こちらも食欲をそそられるもの。
著者は、本当においしそうに読んで見せる。そしてほんのちょっぴり味見させてくれる。
この「ちょっぴり」加減がまた絶妙で、本書を読み終えた人は、登場する本の何冊かを、さっそく本屋さんで探してしまうのではないかと思う。
といっても、単純な「名作のススメ」ではない。たとえば「読んだことはないけど名前はだれでも知っている日本文学の王者」として『金色夜叉』が紹介される。たしかに。恥ずかしながら、高校で国語の教師をしていた私も、読んでいない。お金に目がくらんだお宮に裏切られた貫一が、毎年涙で月を曇らせてやる、と悲しいセリフを吐く場面だけは、なぜか知っているのだけれど。そしてなんとなく彼に同情していた。
ところが、貫一のその他のセリフが、たった四つ紹介されるだけで、まあなんてイヤな男だろうとあきれてしまった。で、実は有名なこの場面から後がおもしろくて「完全に昼のテレビドラマです。くだらない、と思いながらもしっかり目は釘付けってやつ」なのだそうだ。
『新體詩抄』や『不如帰』などが、高橋流におちょくられているのを読むと、思わず吹き出してしまうが、そのあとにふと「時代と文学」について考えさせられたりもする。
日本文学を扱った章が、私には一番おもしろかったが、とりあげられるジャンルは多種多様だ。マンガ、カセットブック、現代詩……。海外文学も、古典的名著からまだ翻訳されていないものまであって、そそられる。なかには「アメリカ野球研究協会」の機関誌、なんていうのもある。守備範囲の広さにおいても、まさに「読書王」なのだ。
試験のために書名を暗記したような作品も、こんなふうに軽やかに手にとれば、ひょっとして面白いかもしれない。以前から知人に勧められていながら、つん読状態だった『即興詩人』を、私は試しに開いてみた。とたんに虜になっている。そんな嬉しいオマケつき。
たぶん読者それぞれの、これからの読書に、本書は新しい一ページを開いてくれるだろう。
黄色いプラスチックの匙が無数に投げられている表紙が、タイトルに負けずお茶目で、しかも意味深だ。
【文庫版】
【この書評が収録されている書籍】
誰かが何かを「おいしい!」と食べているのを見ると、こちらも食欲をそそられるもの。
著者は、本当においしそうに読んで見せる。そしてほんのちょっぴり味見させてくれる。
この「ちょっぴり」加減がまた絶妙で、本書を読み終えた人は、登場する本の何冊かを、さっそく本屋さんで探してしまうのではないかと思う。
といっても、単純な「名作のススメ」ではない。たとえば「読んだことはないけど名前はだれでも知っている日本文学の王者」として『金色夜叉』が紹介される。たしかに。恥ずかしながら、高校で国語の教師をしていた私も、読んでいない。お金に目がくらんだお宮に裏切られた貫一が、毎年涙で月を曇らせてやる、と悲しいセリフを吐く場面だけは、なぜか知っているのだけれど。そしてなんとなく彼に同情していた。
ところが、貫一のその他のセリフが、たった四つ紹介されるだけで、まあなんてイヤな男だろうとあきれてしまった。で、実は有名なこの場面から後がおもしろくて「完全に昼のテレビドラマです。くだらない、と思いながらもしっかり目は釘付けってやつ」なのだそうだ。
『新體詩抄』や『不如帰』などが、高橋流におちょくられているのを読むと、思わず吹き出してしまうが、そのあとにふと「時代と文学」について考えさせられたりもする。
日本文学を扱った章が、私には一番おもしろかったが、とりあげられるジャンルは多種多様だ。マンガ、カセットブック、現代詩……。海外文学も、古典的名著からまだ翻訳されていないものまであって、そそられる。なかには「アメリカ野球研究協会」の機関誌、なんていうのもある。守備範囲の広さにおいても、まさに「読書王」なのだ。
試験のために書名を暗記したような作品も、こんなふうに軽やかに手にとれば、ひょっとして面白いかもしれない。以前から知人に勧められていながら、つん読状態だった『即興詩人』を、私は試しに開いてみた。とたんに虜になっている。そんな嬉しいオマケつき。
たぶん読者それぞれの、これからの読書に、本書は新しい一ページを開いてくれるだろう。
黄色いプラスチックの匙が無数に投げられている表紙が、タイトルに負けずお茶目で、しかも意味深だ。
【文庫版】
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞
朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。