選評
『白い花と鳥たちの祈り』(集英社)
小説すばる新人賞(第22回)
受賞作=朝井リョウ(笹井リョウ改め)「桐島、部活やめるってよ」、河原千恵子(月森すなこ改め)「白い花と鳥たちの祈り」(「なくしてしまったはずのもの」改題)/他の候補作=鰓ノーチェ「無頼島」/他の選考委員=阿刀田高、五木寛之、北方謙三、宮部みゆき/主催=集英社/後援=一ツ橋綜合財団/発表=「小説すばる」二〇〇九年十二月号この先が楽しみだ
内的独白、あるいは劇的独白といわれる手法がある。たとえば、ハムレット王子が客席に向って、「生か死か、それが問題だ」と語るのがそれであって、内心や本心を打ち明けるときなどに便利だ。流行歌の歌詞なども、たいていこの手法を採(と)っている。ただし、ちょっと使うなら効果はあるが、これだけで通されると、読み手としては、その押しつけがましさに辟易(へきえき)することになる。『無頼島』(鰓ノーチェ)は、全編がこの手法で書かれていた。書きにくいところや、作者にとって都合の悪いところを、すべてこの手法で処理しているので、客観状況がおよそ不明瞭である。つまり、作者は自分の都合だけで書いていて、読み手のことなど考えていない。筆力があるのに、惜しい話だ。その筆力を、読み手に向けて使ってほしいと願うばかりである。『なくしてしまったはずのもの』(月森すなこ)には感心した。たしかに、物語要素の一つ一つは、ありふれたものばかりだが、それを取りまとめて、大きな物語に仕立てあげる力がある。つまり、物語の断片をたくさん取り集め、それらを慎重に組み合わせて新世界を構築し、その新世界を言葉で地道に実現し、しかも作品全体に好ましい小説的うねりを与えているところに、可能性を感じたわけである。またたとえば、郵便局員の中村青年のような、深刻な過去と清々(すがすが)しい魂を持つ人物を上手に書いていて、これから先が楽しみである。
『桐島、部活やめるってよ』(笹井リョウ)についていえば、いたるところに瑞々(みずみず)しい才気を読み取って、選者冥利を味わった。そろそろ大人への入口にさしかかろうという少年少女たちの微細な心の動きを、作者は鋭利な筆づかいで、みごとに活写した。ふだんであれば眉をしかめるような体言止めの頻発や、口語・俗語の乱発も、この作者の手にかかるとじつに効果的な光彩を放つ。また、これは重要なことだが、一人二役の活用、同一場面を複数の目で見る仕掛けなど、作者はいろんな小説的技術をすでに貯蔵しているらしい。この作者もまた、先が楽しみだ。
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