書評
『おでかけくん まんまるあなぼこ ぬるほん』(学習研究社)
お絵かきの「きっかけ」
真っ白い紙とクレヨンを手渡せば、子どもは喜んでお絵かきをするものだと思っていた。「さあ、どうぞ~、なんでも、好きなように、自由に描いていいよ!」
初めてクレヨンを買ってきた日、張りきって息子にそう言ったが、クレヨンの色分けをしたり、巻いてある紙をむいたり、そんなことばかりして、ちっともお絵かきは始まらない。思い出してみれば、私自身、それほど図画工作の類(たぐい)が好きな子どもではなかった。いや、むしろ図画の時間などは、憂鬱だったぐらいで、いつも「はあっ、なんでもいいって言われても、別に思いつかない……」と、白い画用紙を見つめていたクチだった。
砂あそび粘土お絵かき三輪車それほど私、好きじゃなかった
自分が得意なことは、わりとうまく子どもを導けるものだが、苦手なこととなると、どんなふうに興味を引き出してやればいいのか、どんなきっかけを与えてやればいいのか、皆目見当がつかない。どうしたもんかなあと思っていたところへ、『おでかけくん あなぼこ ぬるほん』という可愛らしい本を、知人からプレゼントされた。
それぞれのページに丸や三角などの穴ぼこが空いていて、そこを塗(ぬ)る。塗ってからページをめくると、それがヘビの水玉模様になっていたり、穴ぼこが魚のしっぽになっていたり、という仕掛け。ただ塗るだけで、なんとなく絵を描いたような気分を味わえるし、塗ったものが次のページでどうなるのか、遊びの要素もあって、わくわくする。
「これは、なにになるのかな?」「あっ、りんごだ」なんてやっているうちに、いつのまにか息子が、実に楽しそうにクレヨンを持っていることに気づいた。
ただ真っ白な紙を、いきなり与えられただけでも、喜んで描きだす子もいるだろう。が、息子のように戸惑ってしまうタイプには、こんなふうに「穴を塗る」という課題があることが、小さな一歩を踏みだす手助けをしてくれる。これこれ、私が求めていた「きっかけ」は、こういうことなのよ、と思った。
考えてみれば、自分が日々作っている短歌だって、そうだ。真っさらな原稿用紙に、何文字でもいいですよ、好きなように書いてくださいと言われたら、かえって困ってしまう。三十一文字という決められた型があるからこそ、言葉が出てくるし、心をまとめることができる。三十一文字は、私にとっては、きっかけとなる小さな穴ぼこなのである。
最近、本屋さんをブラブラしていたら「ねえ、これ穴ぼこの本じゃない?」と息子が見つけてきた一冊がある。『おでかけくん あなぼこ ぬるほん』の姉妹編らしく『どんどん ぬるほん』(La ZOO構成・デザイン・イラスト、学研教育出版)とある。さっそく買ってきて、今、どんどん塗っているところだ。塗る本といっても、いわゆる塗り絵とは違って、魚の模様を考えたり、蜘蛛の巣を自分でもじゃもじゃ描いたりと、創意をうながす工夫がなされている。これもまた、きっかけ満載の本だ。
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞 2008年3月26日
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