書評
『一郎くんの写真 日章旗の持ち主をさがして』(福音館書店)
運命の不思議
自分が子どもだった頃の写真を見ると、撮った時の記憶がないせいか、自分によく似た子どもを眺めているようで、なんとも気恥ずかしい気持ちになります。ところが自分が撮る側に回ってみて、ふと気づきました。
心に留めおきたいものを写すのが写真なのだ、と。
この絵本の物語にはひとりの新聞記者が、アメリカで見つかった日章旗の持ち主と思われる「一郎くん」を探す中で起きた出来事が描かれています。
戦争が終わって70年以上経ってしまった現在、持ち主の一郎くんはもちろん、日章旗に寄せ書きした人たちが生きているかどうかもわかりません。それでも記者は何かにつき動かされるように一郎くんを探し続けます。
現在、戦争を思い起こさせるようなものはどんどん減っています。たとえば広島の原爆ドーム、沖縄のひめゆりの塔などの戦跡を辿らなければ、かつての戦争について具体的に感じられる機会も少なくなっています。そういう中において、戦争の記憶をよりリアルに伝えてくれるのは、体験者の声、記憶です。
やがて日章旗の持ち主である一郎くんの写真にたどり着き、その写真に込められた思いが読者に明らかにされます。写真が後生大事に仕舞われていた事実と、戦争によって親子が引き裂かれてしまった残酷さが浮き彫りになりました。
一人の新聞記者の情熱から始まった一郎くんを探す旅は、こうして絵本という形へと昇華し、多くの人の手元へ届けられることになりました。
人間の運命の不思議をかみしめたくなる絵本です。
ふくふく本棚 2019年8月8日
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