よい香りがもたらす魔法
人類は太古からスパイスに魅了されてきました。けれどもスパイスとは何でしょう。答えは曖昧で多種多様かもしれませんが、ひとつ言えることは、この上なく美しい、時にはこの上なく悲しい冒険や人類史へと私たちを連れていってくれるということです。スパイスは植物由来であり、葉、花、つぼみ、雄しべ、花弁、果実、種子、タネ、樹皮、茎、根茎、根を原材料とします。香り豊かな食用植物の集合ですが、ハーブや薬味とは違って、身の回りには生えていません。近く、あるいは遠いどこかから運ばれてくるのです。西洋人にとってスパイスは東洋の香りを運んでくれるものでしたが、クリストファー・コロンブス以降、東インドを目指したヨーロッパ人は、ついにアメリカにたどり着き、新たな西インドからトウガラシ、バニラ、カカオ、ベニノキを持ち帰りました。なぜ世界各地の料理がスパイスを取り入れたのか。その問いに答えるには、序文だけでは足りません。
ビーナによる本書は、文化の混合を通して世界の料理の多様さを見せてくれます。ビーナと出会ったのは2008年。ご主人のヤニックとブリクールにある私のレストランに来たときのことでした。レストランはもともとサン=マロの船主の家だったところで、現在ではスパイスのワークショップ、ラ・メゾン・デュ・ヴォワイヤジュールがあります。
サーヴィス後にキッチンで彼女と話し始めたのですが、ヤニックはテーブルに一人取り残されてしまいました。以降、スパイスを巡る私たちの熱い議論は尽きることなく続いています。ケララ地方のスパイスについて語り合ったことはもちろん、コショウ、カルダモン、ナツメグ、ショウガ、ウコンが育つ庭を一緒に訪れたこともあります。またインド各地に昔から伝わるミックススパイスを、たいてい門外不出とされる調合に従いつつ現代風に手を加えたこともあります。
ビーナと私はムンバイやマドラスのカレー、ガラムマサラ、その他の伝統的ミックスを調合しました。スパイスの選択、焙煎、殺菌、製粉は、カンカルにある私たちの作業場で行い、娘マティルドが指揮を執り、プロフェッショナルで熱心なチームが協力してくれました。
世界文化が豊かに入り交じったミックススパイスは人類の無形遺産であり、ビーナはそれらの資料やレシピを収集しています。各ミックスに使われる材料に目を向ければ、その国の歴史をさかのぼることもできるでしょう。
スパイスや原料となる植物を列記してみると、侵略、征服、協力、文化的影響、移民を経験してきた様々な時代と地域の層が見えてきます。世界の料理の混合という美しい物語が形をとった結果生まれたのが、これらのスパイスなのです。伝統的ミックススパイスの原材料リストを見る限り、調合は固定しているかのように思えますが、実際には絶えず進化しています。
各家庭には独自の調合があり、世代や人口移動と共にそれぞれの好みも変化していきます。マサラがイギリスカレーになり、レバント地域を経て日本のカレーになるまでには、どんな道を歩んだのでしょう。
私も息子のユゴーも、こうした文化的混合を自分たちの料理に使おうとは考えませんでした。私たちの料理のルーツは、17、18世紀サン=マロの冒険精神にあります。当時、サン=マロの倉庫には、極東、東洋、中東、アフリカ、アメリカから輸入されたスパイスが保管されていました。風に吹きさらされた岩礁が点在するこの海賊の地ではすでに、風味のグローバリゼーションが進んでいたのです。以降、ブルターニュ産花崗岩の暖炉にもたらされたこの宝物は、フランス人の好みに調合されて使われてきました。
伝統的な歌謡が踊りたいという気持ちをそそり、人々の心を弾ませてきたように、各国のスパイスは世界中の料理に魔法をかけてきました。その調合をじっくりと紹介しましょう。
[書き手]オリヴィエ・ロランジェ(シェフ)