書評

『根も葉もある植物のはなし その多様なすがた・かたちについて』(山と渓谷社)

  • 2025/08/25
根も葉もある植物のはなし その多様なすがた・かたちについて / 塚谷 裕一
根も葉もある植物のはなし その多様なすがた・かたちについて
  • 著者:塚谷 裕一
  • 出版社:山と渓谷社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(256ページ)
  • 発売日:2025-07-15
  • ISBN-10:4635063712
  • ISBN-13:978-4635063715
内容紹介:
散歩の途中で見かける身近な植物から、植物園や旅先で遭遇した珍奇植物まで。ようこそ、知られざる植物の世界へ!ベストセラー『スキマの植物図鑑』(中公新書)の著者、待望の最新刊!表… もっと読む
散歩の途中で見かける身近な植物から、植物園や旅先で遭遇した珍奇植物まで。
ようこそ、知られざる植物の世界へ!
ベストセラー『スキマの植物図鑑』(中公新書)の著者、待望の最新刊!

表裏のない葉はなぜ存在する?「どっちもどっち」
碧い花を咲かせる葉のない新種「碧い花の新種」
ミョウガの花は美しい「透き通る」
花の装いは皮1枚「色づく」
ネギの葉の表はどこに? 「中空になる」
スイカの縞と種の位置に関する神話「表面の縞から見分ける」
根は皮を脱ぎながら地中を突き進む「先端に抱く」etc.


多種多様な植物たち。
世の中には、その千差万別の楽しさに気づいていない人も多い。それどころか、いろいろな植物がぎっしりとくらす豊かな森を見ても、ただ緑一色の塊にしか見えない、という人までいる。
しかしそれはあまりにもったいない!

葉の進化と形態を研究する植物学者・塚谷裕一が、日常の中で出合った特徴的なすがたの植物を、軽妙な文章と写真で綴るボタニカル・フォトエッセイ。
そのすがたの理由を推測したり、観察したり、顕微鏡で調べたり・・・。
その先には、植物の奥深さやしたたかな生態、無駄に思えてしまう謎もあって――。

皮膚科専門誌「Visual Dermatology」(学研)で創刊号から現在まで続く人気連載を単行本化!250編以上の中から厳選して収録。


■内容
まえがき

第一章 葉
どっちもどっち/分泌する/ダニを飼う/捕まえる/新芽の紅/白いハンカチ/穴があく/息をする/つるりとする/尖ってへこむ/凸凹する/中空になる/きらめく/他人のそら似/葉ではわからない/痕が残る/わくらば/角が取れる/まだらをつくる/防寒着を着る

第二章 花
河津/糸を引く/移ろう/変形/変化咲き/海面下で/透き通る/輝く/極限/広がるレース/色づく/黒い花/温める/ タシロ氏/世界最大に咲く/蒼に咲く/碧い新種

第三章 果実、種子
育つ/袋になる/ひび割れる/表面の縞から見分ける/遅い銀杏/すれ違い/新旧のひっつき虫/くっつく/粒々/鳥をあざむく/色付ける

第四章 茎、枝、幹
頂端を欠く/へばりつく/ちりばめられる/幹に咲く/住まわせる/剥がれる/乗り出す/皮だけで生きる/垂れ下がる/張り出す

第五章 根
張り出し広がる/かごを編む/先端に抱く/突き出す/化ける

あとがき
植物索引

76種が教えてくれる不思議

今は夏休み。ちょっと寛(くつろ)いだ気分で読めるものをと思って選んだ一冊だ。著者は、植物の葉がどのようにしてできるかを、遺伝子のはたらきを通して解明する第一線の研究者である。と同時に、熱帯雨林から道端の草まで、すべてを観察する植物探検家でもある。「子どもの頃からそのめくるめく多様性に惹(ひ)かれて、植物の世界に入ってきた」という著者が、花の咲く植物から76種、「葉から花、実、茎、はては根まで、いろいろ特徴的な種類を選んで紹介」している。

第一話の題は「どっちもどっち」。コアラの食べるユーカリの葉は、等面葉(とうめんよう)、つまり表と裏が同じなのだ。確かに身近な葉は、どれも表と裏が違うが、そもそもなぜ区別があるのだろう。葉の重要な役割である光合成のために、表には緑の色素が並び、濃い色になる。裏は色が薄く、二酸化炭素や酸素が通りやすいよう、空隙(くうげき)が多い。空隙は、水を逃がして葉の温度を下げる役割もする。

ユーカリの自生地の夏は、光が強すぎて葉を上に向けると焼け切れるほどなので、葉を垂らし横に向けている。これでは表裏の区別は不要というわけで、いつの間にか今の姿になったのである。動けない植物の巧みな対応だ。

なるほどと読み進めると、「中空になる」という話が出てくる。ネギの葉は中空だが、本来は下仁田ネギのように中が詰まっているものなのだ。どのネギも若い時にはそうなっているが、成熟につれて中がとろけて中空になるのだそうだ。しかも緑の筒状部分は、すべて葉の裏なのだという。なぜか。目下著者が研究中とのことで、答えの出るのを待とう。身近なネギにもこんな不思議が詰まっていたとは驚きだ。

次いで葉が変化した花。ツツジが面白い。花粉は葯(やく)が縦に裂けてそこからこぼれ出ることが多いのだが、ツツジは「先端に小さな穴があき、そこから七味唐辛子よろしく花粉が出てくる仕掛け」になっている。ただし、その花粉は細い糸でつながれ、ハチやチョウに絡みつくのだ。レーザー顕微鏡写真を見ながら、来年はツツジの花の中をよく見ようと思っている。

更に果実、種子、茎、枝、幹、根と対象は植物全体に広がり、それぞれの章にへえっと感心する話、なるほどと納得する事柄が目白押しだ。果実の章の「粒々」はみかん。みかんの粒は一つの細胞だと教えられて、そうかと思った記憶がある。塚谷先生もそれを信じていたそうだ。ところが最近、それは多細胞という論文を見て、顕微鏡で確かめたとのこと。時々通説を疑ってみることも大事だ。

最近、地球環境問題への関心から、生物多様性の重要性が指摘されるが、とても抽象的に語られている。樹木は一番外側だけが生きていて、中の細胞は死んでいることは習った。でも、幹がほぼ空洞なのに、青々とした葉のついた枝が伸びているムクノキ(上野公園)を見れば、けなげに生きていると感傷的になる。それはかなりの見当違いと、先生はきっぱりおっしゃる。生きものにはそれぞれの生き方があるのだ。

軽妙な文と写真の組み合わせによって、身近な生きものの面白さと、そこにある事実が分かり、多様性の意味が見えてくる。これは今、本当に大事なことだ。寛いでと言いながら、最後はちょっと堅苦しくなってしまった。
根も葉もある植物のはなし その多様なすがた・かたちについて / 塚谷 裕一
根も葉もある植物のはなし その多様なすがた・かたちについて
  • 著者:塚谷 裕一
  • 出版社:山と渓谷社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(256ページ)
  • 発売日:2025-07-15
  • ISBN-10:4635063712
  • ISBN-13:978-4635063715
内容紹介:
散歩の途中で見かける身近な植物から、植物園や旅先で遭遇した珍奇植物まで。ようこそ、知られざる植物の世界へ!ベストセラー『スキマの植物図鑑』(中公新書)の著者、待望の最新刊!表… もっと読む
散歩の途中で見かける身近な植物から、植物園や旅先で遭遇した珍奇植物まで。
ようこそ、知られざる植物の世界へ!
ベストセラー『スキマの植物図鑑』(中公新書)の著者、待望の最新刊!

表裏のない葉はなぜ存在する?「どっちもどっち」
碧い花を咲かせる葉のない新種「碧い花の新種」
ミョウガの花は美しい「透き通る」
花の装いは皮1枚「色づく」
ネギの葉の表はどこに? 「中空になる」
スイカの縞と種の位置に関する神話「表面の縞から見分ける」
根は皮を脱ぎながら地中を突き進む「先端に抱く」etc.


多種多様な植物たち。
世の中には、その千差万別の楽しさに気づいていない人も多い。それどころか、いろいろな植物がぎっしりとくらす豊かな森を見ても、ただ緑一色の塊にしか見えない、という人までいる。
しかしそれはあまりにもったいない!

葉の進化と形態を研究する植物学者・塚谷裕一が、日常の中で出合った特徴的なすがたの植物を、軽妙な文章と写真で綴るボタニカル・フォトエッセイ。
そのすがたの理由を推測したり、観察したり、顕微鏡で調べたり・・・。
その先には、植物の奥深さやしたたかな生態、無駄に思えてしまう謎もあって――。

皮膚科専門誌「Visual Dermatology」(学研)で創刊号から現在まで続く人気連載を単行本化!250編以上の中から厳選して収録。


■内容
まえがき

第一章 葉
どっちもどっち/分泌する/ダニを飼う/捕まえる/新芽の紅/白いハンカチ/穴があく/息をする/つるりとする/尖ってへこむ/凸凹する/中空になる/きらめく/他人のそら似/葉ではわからない/痕が残る/わくらば/角が取れる/まだらをつくる/防寒着を着る

第二章 花
河津/糸を引く/移ろう/変形/変化咲き/海面下で/透き通る/輝く/極限/広がるレース/色づく/黒い花/温める/ タシロ氏/世界最大に咲く/蒼に咲く/碧い新種

第三章 果実、種子
育つ/袋になる/ひび割れる/表面の縞から見分ける/遅い銀杏/すれ違い/新旧のひっつき虫/くっつく/粒々/鳥をあざむく/色付ける

第四章 茎、枝、幹
頂端を欠く/へばりつく/ちりばめられる/幹に咲く/住まわせる/剥がれる/乗り出す/皮だけで生きる/垂れ下がる/張り出す

第五章 根
張り出し広がる/かごを編む/先端に抱く/突き出す/化ける

あとがき
植物索引

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2025年8月9日

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