76種が教えてくれる不思議
今は夏休み。ちょっと寛(くつろ)いだ気分で読めるものをと思って選んだ一冊だ。著者は、植物の葉がどのようにしてできるかを、遺伝子のはたらきを通して解明する第一線の研究者である。と同時に、熱帯雨林から道端の草まで、すべてを観察する植物探検家でもある。「子どもの頃からそのめくるめく多様性に惹(ひ)かれて、植物の世界に入ってきた」という著者が、花の咲く植物から76種、「葉から花、実、茎、はては根まで、いろいろ特徴的な種類を選んで紹介」している。第一話の題は「どっちもどっち」。コアラの食べるユーカリの葉は、等面葉(とうめんよう)、つまり表と裏が同じなのだ。確かに身近な葉は、どれも表と裏が違うが、そもそもなぜ区別があるのだろう。葉の重要な役割である光合成のために、表には緑の色素が並び、濃い色になる。裏は色が薄く、二酸化炭素や酸素が通りやすいよう、空隙(くうげき)が多い。空隙は、水を逃がして葉の温度を下げる役割もする。
ユーカリの自生地の夏は、光が強すぎて葉を上に向けると焼け切れるほどなので、葉を垂らし横に向けている。これでは表裏の区別は不要というわけで、いつの間にか今の姿になったのである。動けない植物の巧みな対応だ。
なるほどと読み進めると、「中空になる」という話が出てくる。ネギの葉は中空だが、本来は下仁田ネギのように中が詰まっているものなのだ。どのネギも若い時にはそうなっているが、成熟につれて中がとろけて中空になるのだそうだ。しかも緑の筒状部分は、すべて葉の裏なのだという。なぜか。目下著者が研究中とのことで、答えの出るのを待とう。身近なネギにもこんな不思議が詰まっていたとは驚きだ。
次いで葉が変化した花。ツツジが面白い。花粉は葯(やく)が縦に裂けてそこからこぼれ出ることが多いのだが、ツツジは「先端に小さな穴があき、そこから七味唐辛子よろしく花粉が出てくる仕掛け」になっている。ただし、その花粉は細い糸でつながれ、ハチやチョウに絡みつくのだ。レーザー顕微鏡写真を見ながら、来年はツツジの花の中をよく見ようと思っている。
更に果実、種子、茎、枝、幹、根と対象は植物全体に広がり、それぞれの章にへえっと感心する話、なるほどと納得する事柄が目白押しだ。果実の章の「粒々」はみかん。みかんの粒は一つの細胞だと教えられて、そうかと思った記憶がある。塚谷先生もそれを信じていたそうだ。ところが最近、それは多細胞という論文を見て、顕微鏡で確かめたとのこと。時々通説を疑ってみることも大事だ。
最近、地球環境問題への関心から、生物多様性の重要性が指摘されるが、とても抽象的に語られている。樹木は一番外側だけが生きていて、中の細胞は死んでいることは習った。でも、幹がほぼ空洞なのに、青々とした葉のついた枝が伸びているムクノキ(上野公園)を見れば、けなげに生きていると感傷的になる。それはかなりの見当違いと、先生はきっぱりおっしゃる。生きものにはそれぞれの生き方があるのだ。
軽妙な文と写真の組み合わせによって、身近な生きものの面白さと、そこにある事実が分かり、多様性の意味が見えてくる。これは今、本当に大事なことだ。寛いでと言いながら、最後はちょっと堅苦しくなってしまった。