書評
『【ポケット版】「暮しの手帖」とわたし (NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』モチーフ 大橋鎭子の本)』(暮しの手帖社)
行動力とビジョン伴った人
雑誌『暮しの手帖』は、文章からカット、デザインまですべて自らで行ったカリスマ編集者の花森安治の存在抜きには語り得ない。だが一方、彼を雑誌に巻き込んだ大橋鎭子(しずこ)も重要な存在だった。本書は、その鎭子の自伝である。鎭子は当初、戦後の日本で戦災復興の需要を見込み、材木の販売業を目論(もくろ)むが女の人の仕事ではないと反対される。洋裁店、喫茶店という職も頭をよぎった。
だが大きな事業にはなり得ない。もっと大勢の客を対象にしなければ。何の元手も持たない彼女が売ろうと考えるのは「知恵」だった。彼女は出資者を見つけて出版社の立ち上げに動いていく。
鎭子の勝因は、花森を引き込んだこと。
自分の起業の夢を伝えた鎭子に向かって花森は「ひとりひとりが、自分の暮らしを大切にしなかった」から日本は戦争をしたのだと語る。その後2人は「戦争をしないような世の中」にするため「暮らし」を大切にするという理想を共有し、出版社立ち上げを約束する。
まるで、アップルの創業物語、ジョブズとウォズニアックの関係のようではないか。
若い頃の花森は大政翼賛会で国策広告に関わり、「欲しがりません勝つまでは」のフレーズを選出する側で働いていたという。2人が向かったのは、その逆である。戦争で失われた衣食住をひとつずつ向上させていく。それが花森の『暮しの手帖』のコンセプトであり、経営者である鎭子が示した方針だった。
鎭子は、行動力、ビジョン、その両方が伴った起業家だった。現在放映中のNHK朝の連続テレビ小説『とと姉ちゃん』は、そんな鎭子をモデルにして作られている。
これからの後半で雑誌づくりを描いていくのだろう。花森をモデルにした人物とヒロインの対面の場面がどう描かれるか楽しみだ。
朝日新聞 2016年5月22日
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