読書日記
トルーマン・カポーティ『ここから世界が始まる』(新潮社)、塩谷歩波『銭湯図解』(中央公論新社)、村井邦彦『村井邦彦のLA日記』(リットーミュージック)ほか
◆『ここから世界が始まる トルーマン・カポーティ初期短篇集』トルーマン・カポーティ/著 小川高義/訳(新潮社/税別1900円)
まだまだ、こんなことがあるんですね。あの天才が、若き日に短編小説を書き溜め、ニューヨークの公共図書館が所蔵していた。それが『ここから世界が始まる トルーマン・カポーティ初期短篇集』(小川高義訳)で日の目を見た。まさに「蔵出し」の逸品。 高校時代、文芸誌に発表した7作を含む14編は、習作の域を超えた、まさに「カポーティ」世界の原質が見て取れる。「分かれる道」は、ときに野宿しながら放浪する2人の男だけの話。若い男の懐には10ドル。この虎の子をめぐり、2人に心理的葛藤が! ヘビに噛(か)まれる青い眼の女の子(「水車場の店」)、盗難の疑いで校長室に呼び出されるまじめな女学生(「ヒルダ」)、寒い朝、散った花をつけて死んだ汚れた老婆(「ミス・ベル・ランキン」)と、弱き者、淋しき人、社会の外で生きる人たちが登場。世の中を詳しく知る前の少年だから書けた、きらめく人生の断片。「書くために生まれてきた」と解説で村上春樹は記す。
◆『銭湯図解』塩谷歩波・著(中央公論新社/税別1500円)
出版されてすぐに話題となったのが塩谷歩波(えんやほなみ)『銭湯図解』。厳選された銭湯24軒をガイドするのだが、俯瞰(ふかん)のカラーイラストで、しかもほぼ女湯だ(以下自粛)。
こんなことができるのも、著者が女性である以上に、現役で銭湯(東京・小杉湯)の番頭を務めるから。早稲田大大学院で建築を学び、設計事務所に就職するが心身を病み、銭湯へ通い始めた。それが人生のリハビリとなった。
「開放的な空間と銭湯での人々の出会いに気持ちがほぐれ」たと言う。だから、自分もそうだったように、初心者から楽しめる銭湯ガイドになった。東京・日暮里の「斉藤湯」は「まっすぐ真面目な銭湯」と、キャッチもいい。「泣きに行く銭湯」とは、一体?
富士山絵のある古いままの銭湯もいいし、リニューアルされてポップな空間となったニューウェーブもまた楽し。三重県伊賀の「一乃湯」は、マニア心をくすぐる名湯とか。春の散歩の締めは、こうなりゃ銭湯だ。
◆『村井邦彦のLA日記』村井邦彦・著(リットーミュージック税別2200円)
村井邦彦は作曲家でありながら、アルファレコードを創業。荒井由実もYMOも、この人の手で世に出た。現在はロス在住。『村井邦彦のLA日記』を読むと、キラ星のごとき音楽関係者が続々と顔を出す。「ミシェルは(中略)毎日僕の事務所のピアノを使って映画のスコアを」、の「ミシェル」とはミシェル・ルグラン。「アルファ」の草創期の回想もある。プロ化を渋る「赤い鳥」を口説き落とした話、東京・飯倉「キャンティ」で細野晴臣がYMOの構想を語った日のことなど、いやあ熱いです。
◆『色ざんげ』宇野千代・著(岩波文庫/税別700円)
宇野千代が岩波文庫入りするのは、この『色ざんげ』が初。1996年に死去して、20年以上かかった。しかしこれは、掛け値なしの傑作。洋行帰りの洋画家湯浅は妻子持ちでありながら、彼を取り囲む女と二重、三重に色事のもめごとが起きる。ほとんど恋愛のことしか描かれない。つまり、現代の「源氏」だ。昭和初期・東京を舞台にしながら、ほとんど改行なしに連綿と綴(つづ)られる文章も、どこか王朝文学っぽい。当時、恋人だった画家・東郷青児をモデルとする。宇野千代はしたたかだ。
◆『源頼朝 武家政治の創始者』元木泰雄・著(中公新書/税別900円)
日本史ものでヒットを飛ばす中公新書が、『源頼朝 武家政治の創始者』を打ち出した。著者・元木泰雄は、京都大教授で中世前期政治史を専門とする。武家政権「鎌倉幕府」を打ち立てた源氏の御曹司・頼朝。平治の乱で平氏に敗れ、伊豆で20年もの流人生活を余儀なくされた。考えてみれば不思議な話で、身の危険、艱難辛苦(かんなんしんく)を経て、彼はいかに武門の頂点に立てたのか。著者は先入観を捨て、京との関係も視野に置きながら、その生涯と政治的役割を、そして「流人の奇跡」を、描き出す。
まだまだ、こんなことがあるんですね。あの天才が、若き日に短編小説を書き溜め、ニューヨークの公共図書館が所蔵していた。それが『ここから世界が始まる トルーマン・カポーティ初期短篇集』(小川高義訳)で日の目を見た。まさに「蔵出し」の逸品。 高校時代、文芸誌に発表した7作を含む14編は、習作の域を超えた、まさに「カポーティ」世界の原質が見て取れる。「分かれる道」は、ときに野宿しながら放浪する2人の男だけの話。若い男の懐には10ドル。この虎の子をめぐり、2人に心理的葛藤が! ヘビに噛(か)まれる青い眼の女の子(「水車場の店」)、盗難の疑いで校長室に呼び出されるまじめな女学生(「ヒルダ」)、寒い朝、散った花をつけて死んだ汚れた老婆(「ミス・ベル・ランキン」)と、弱き者、淋しき人、社会の外で生きる人たちが登場。世の中を詳しく知る前の少年だから書けた、きらめく人生の断片。「書くために生まれてきた」と解説で村上春樹は記す。
◆『銭湯図解』塩谷歩波・著(中央公論新社/税別1500円)
出版されてすぐに話題となったのが塩谷歩波(えんやほなみ)『銭湯図解』。厳選された銭湯24軒をガイドするのだが、俯瞰(ふかん)のカラーイラストで、しかもほぼ女湯だ(以下自粛)。
こんなことができるのも、著者が女性である以上に、現役で銭湯(東京・小杉湯)の番頭を務めるから。早稲田大大学院で建築を学び、設計事務所に就職するが心身を病み、銭湯へ通い始めた。それが人生のリハビリとなった。
「開放的な空間と銭湯での人々の出会いに気持ちがほぐれ」たと言う。だから、自分もそうだったように、初心者から楽しめる銭湯ガイドになった。東京・日暮里の「斉藤湯」は「まっすぐ真面目な銭湯」と、キャッチもいい。「泣きに行く銭湯」とは、一体?
富士山絵のある古いままの銭湯もいいし、リニューアルされてポップな空間となったニューウェーブもまた楽し。三重県伊賀の「一乃湯」は、マニア心をくすぐる名湯とか。春の散歩の締めは、こうなりゃ銭湯だ。
◆『村井邦彦のLA日記』村井邦彦・著(リットーミュージック税別2200円)
村井邦彦は作曲家でありながら、アルファレコードを創業。荒井由実もYMOも、この人の手で世に出た。現在はロス在住。『村井邦彦のLA日記』を読むと、キラ星のごとき音楽関係者が続々と顔を出す。「ミシェルは(中略)毎日僕の事務所のピアノを使って映画のスコアを」、の「ミシェル」とはミシェル・ルグラン。「アルファ」の草創期の回想もある。プロ化を渋る「赤い鳥」を口説き落とした話、東京・飯倉「キャンティ」で細野晴臣がYMOの構想を語った日のことなど、いやあ熱いです。
◆『色ざんげ』宇野千代・著(岩波文庫/税別700円)
宇野千代が岩波文庫入りするのは、この『色ざんげ』が初。1996年に死去して、20年以上かかった。しかしこれは、掛け値なしの傑作。洋行帰りの洋画家湯浅は妻子持ちでありながら、彼を取り囲む女と二重、三重に色事のもめごとが起きる。ほとんど恋愛のことしか描かれない。つまり、現代の「源氏」だ。昭和初期・東京を舞台にしながら、ほとんど改行なしに連綿と綴(つづ)られる文章も、どこか王朝文学っぽい。当時、恋人だった画家・東郷青児をモデルとする。宇野千代はしたたかだ。
◆『源頼朝 武家政治の創始者』元木泰雄・著(中公新書/税別900円)
日本史ものでヒットを飛ばす中公新書が、『源頼朝 武家政治の創始者』を打ち出した。著者・元木泰雄は、京都大教授で中世前期政治史を専門とする。武家政権「鎌倉幕府」を打ち立てた源氏の御曹司・頼朝。平治の乱で平氏に敗れ、伊豆で20年もの流人生活を余儀なくされた。考えてみれば不思議な話で、身の危険、艱難辛苦(かんなんしんく)を経て、彼はいかに武門の頂点に立てたのか。著者は先入観を捨て、京との関係も視野に置きながら、その生涯と政治的役割を、そして「流人の奇跡」を、描き出す。
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