書評
『学校の悲しみ』(みすず書房)
もと劣等生がつづる“あのころ”
極端に勉強ができなかったわけでも、不良だったわけでもないけれど、学校とか、教師とか、「教わる」という行為とか、集団行動といったものに、常にしっくりこない気持ちを持っていた私に、「学校の悲しみ」という言葉はすっと入っていきました。「そうだ、学校に対するあのどんよりした気持ちの正体は、『悲しみ』だったのではないか」と。このエッセーを書いたのは、フランスの作家です。子供の頃は、放校になるほどの劣等生だったのだけれど、良い教師との出会いもあり、やがて自身も教師となった後に、作家となったのです。
しかしこの本は、成功者が自身の子供の頃の暗い思い出を、人生を彩るアクセサリーのように披露するものではありません。大人になってからも、作者にとって心の傷として残る劣等生(フランス語では「カンクルリ」といって、「癌(がん)」と同じ語源を持つ)時代の記憶をひもとくことによって、たいていの大人が既に忘れてしまったあの悲しみを喚起させ、あの悲しみの中に入っていこうとする子供の肩にそっと手をかける、そんな本なのです。
消費社会の罠(わな)や、若さ礼賛の罠。日本人からしたら成熟した国という印象があるフランスにも、その手の影響は色濃く存在します。教育現場で若者を見てきた作者は、勉強ができない劣等生だけでなく、消費や若さといった、口当たりの良いものになびいていく現代の若者たちに対しても、悲しみの視線を寄せているのです。
学校というものに、絶望と希望の両方を抱いたことがある作者だからこその、この一冊。子供には少し高価で重い本ではありますが、こんな考えを持つ大人が遠い異国にいるのを知ることは、学校において、作者が言う「終身刑」を受けているような気分の子供たちにとって、一本の救いの糸となるのではないでしょうか。その糸は、かつて劣等生だった大人たちにも、そして子供と同様、「終身刑」気分を時に抱くという教師たちにも、与えられているのです。
朝日新聞 2009年12月20日
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