書評
『微粒子が気候を変える―大気環境へのもう一つの視点』(中央公論社)
大気汚染メカニズムの複雑さと単純さ
ここ一年ほど、本当なら赤いはずの日本の夕焼け空が赤紫に染まった。なるほど火山の威力はすごいものだ。フィリピンのピナツボ火山が噴き上げた火山灰が空中に漂い、それで光の色が変わったと僕は理解したが、どうもそんな単純な現象ではないらしい。火山灰はかりそめにも岩の粒子だから、いつまでも空中に浮かぶわけはなくて、落下し、本当は成層圏まで舞い上がった亜硫酸ガスが化学反応を起こして粒子化したものだという。
ここ数年、フロンガスの禁止とか、地球温暖化とか、熱帯雨林とかの地球規模の環境問題が大きなテーマになっているけれど、その原因となる空中の微粒子と気候変化についての基礎知識を分かりやすく教えてくれる本がなかった。そうした本がこれまでないばっかりに、天明の飢饉は浅間山の噴火のせいと思ったり、今度の湾岸戦争の時には、油煙のために気候が変わるというカール・セーガンの警告を真に受けたりしたが、どうも事態は、環境問題悲観派にとっても楽観派にとっても単純ではないことが、この本『微粒子が気候を変える』(中公新書)を読むとよく分かる。
空中に漂って気候変動を引き起こすのは、火山灰よりもずっと小さい土壌粒子、海の泡がはじけて放出される海塩粒子、そしてスモッグの名でとおる炭化水素粒子、硫酸粒子などで、こうした極微の粒子を総称して「エーロゾル」と呼ぶ。エーロゾルのほかにもう一つ炭酸ガスやフロンといったガス類が気候変動の要因となるが、両者は時に正反対の働きをするのでゴッチャにしてはならない。
エーロゾルが増加すると、果たして気温は高くなるか低くなるかが気候変動の分かれ道になるわけだが、この肝心要(かなめ)のところがどうもはっきりしないらしい。エーロゾルの充満する空気層が形成されると、地表に降り注ぐ熱線は遮られて地表面は冷たくなるが、一方、いったん地表に届いてから反射する熱線は、エーロゾル層に吸収されて空気を温める。
単純で極端なケースを除けば、実際に起こりうる状況はさまざまで、とても一義的な結論は求められない。粒子の大きさや化学成分次第で、散乱と吸収の程度が変わるため、大気も地表面も暖められる場合もあれば、冷却される場合もでてくる。
とにかくこの方面についての世界の研究の歴史が浅すぎて、まだ基礎研究の段階にあり、とても結論の出せる状態にはないのだという。
このように遅々として進む研究の一方、世間やジャーナリズムはその都度センセーショナルに反応してきた。たとえば、一九七〇年代に公害が激化して大気が汚れてきた時、多くの人々はそうしたエーロゾルに光が遮られて地球は寒冷化すると信じた。
実際、北半球に寒冷化があり、エネルギーと食糧不足の到来を言う人もいた。ところがそれ以後、北半球も南半球も急に温度が上昇しはじめ、エーロゾルに代わって炭酸ガスやフロンといった温暖化の働きをするガス類が話題を独占するようになった。僕なんかも、こうした世間の関心の流れにはまりっぱなしで、これまでエーロゾルとガスの働きの差も区別しないままに右往左往してきたが、この本のおかげで、少しは批判的に、センセーショナル好きな新聞記事を読むことができるようになれそうだ。
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