書評
『「はやぶさ2」は何を持ち帰ったのか リュウグウの石の声を聴く』(岩波書店)
私たち、地球を知る大切な一歩
探査機「はやぶさ」が、時に音信不通になるなどハラハラさせながらも小惑星イトカワへの往復の旅を全うした時の興奮を記憶している方は多いだろう。二〇一〇年に、一ミリグラム弱とはいえ、世界で初めて小惑星からの粒子を地球に届け、自身は大気圏で燃え尽きたのもドラマだった。この体験を生かして、明確な科学的目標を持って立ち上がったのが「はやぶさ2」計画だ。太陽系がどのように始まり、多様な惑星を誕生させ、海や生命の材料である水や有機物を地球にもたらしたのかという問いは誰の好奇心をもくすぐる。
そのような情報は、隕石がもたらしてはいる。とくに「炭素質コンドライト」は、元素存在度が太陽に近く、水や有機物を含んでおり、しかも、そこに含まれる水素の同位体比は地球の海水のそれに近い。地球とそこでの生命誕生を、宇宙とのつながりの中で考えさせる。しかし、炭素質コンドライトは地上の隕石の中の5%ほどと少なく、そのうえ地上の水や有機物に汚染されたり、大気の酸素の影響を受けている危険性がある。
隕石の故郷であるC型小惑星を調べたい。研究者として当然の願いだ。その実現が「はやぶさ2」である。観測に最適として選んだ小惑星リュウグウから五グラムもの石を持ち帰った。慎重な分析の結果が、本書、「生まれたての太陽系からの声」、「生命の材料はどこから」の二章で報告されている。
まず、「リュウグウは太陽の石」と分かり、太陽系についての情報が次々明らかになる。しかも、これまで太陽系は二つの性質に大別されていたのに、リュウグウは第三極とも言える性質を示すことが分かったというのだ。これは太陽系の進化モデルを変えるかもしれない。実験による発見が大きな物語になるかもしれないという研究の本質に迫る喜びが伝わってくる。
試料中の磁硫鉄鉱をマイナス一二〇℃に冷やすと空隙(くうげき)に水があり、そこに二酸化炭素や有機物が含まれていた。炭酸水があったということであり、リュウグウがとても身近になった。生命体の材料探しでは、アミノ酸の前駆体が約二〇種類、核酸塩基やビタミン(ニコチン酸)なども見つかった。地球生物のアミノ酸は光学異性体の左手型だけだが、試料には右手型と左手型が等量存在した。研究目的に向けての着実な一歩が踏み出せた。ここに、宇宙の中の地球、そこに暮らす私たち生きものの姿を知る一つの道がある。
近年、月着陸や火星への飛行の先陣争いという形での宇宙への関心が高まっている。宇宙進出などという言葉も聞かれる。私たち人間は、地球をよく知り、その中で分をわきまえて礼儀正しく生きるということをしてこなかった。その結果起きた異常気象で暮らしにくくなった今、地球をよく知ることこそ重視しなければならないのに、それをせずに宇宙進出はなかろうと思う。
宇宙への関心は、まず宇宙をよく知ること、その中での私の存在を考えるところから始めたい。望遠鏡での観察や理論研究も重要だが、実物を持ち帰っての分析は、身近さを感じとれる点で抜群に魅力的だ。そこから学び、宇宙の中の私を意識して、賢い生き方を考えていきたいと思う。
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