書評
『シャルラタン―歴史と諧謔の仕掛人たち』(新評論)
ウソが生む真実、そういうこともある
シャルラタンを辞書で引くと、まず山師、ぺてん師、大ぼら吹き、などと出てくる。その次に「やぶ医者」。本来はやぶ医者の解が正しいだろう。つまり効くのか効かないのか知れたものではない偽せ薬(プラセーボ)をたくみな口上とパフォーマンスで売りつけるインチキ医薬業者。縁日の広場・空き地に仮設舞台を組み、まずは綱渡りなどの大道芸や道化芝居で客寄せをしてから、「さあて、お立ち会い」と、あやしげな口上をブチまくる。いずれにせようさんくさい曲者だ。本書の舞台はフランスだが、シャルラタンはわがガマの油や外郎(ういろう)売りそっくり。これが歳(とし)の市や都市の場末などにあらわれて、ときには抜歯手術や助産術、ヘルニア手術も非合法で行った。十八世紀以前の医学水準では、王や自治体の認可状のある正統の医者とシャルラタン民間療法の区別がつけにくい。ときには後者の治療実績の方が高くて民衆に人気があり、いたるところに出現しては、行政の網をすり抜けてまんまと姿をくらます。シャルラタンはしっぽを掴(つか)ませるようなヘマをしないから、研究者としては行政側の汗牛充棟(かんぎゅうじゅうとう)の関係資料を漁(あさ)り実態に迫るしかない。この材料なら通俗読み物に仕立てるのは朝飯前だろうが、細部の資料をここまで丹念に調べ上げた力量は脱帽もの。
ちなみに、客寄せの道化や大道芸人が本体のシャルラタンから独立して役者や芸人に転業したり、シャルラタン自身が客寄せ芸人をかねている場合もあった。そこでシャルラタン研究には法制史や医薬史ばかりではなく、演劇史・文学史研究も欠かせない。げんにラブレーやモリエールの名がしきりに顔を出す。
しかしなによりも本シャルラタン論の白眉(はくび)はそのマージナル性の指摘にあるだろう。ときには正統医師がシャルラタンと区別がつかないばかりか、正統とは名ばかりの、じつはそれこそが仮面のシャルラタンとして、歴史の諸局面ばかりか、現代の商業主義のなかにも脈々と生きて続けているのでは、という諧謔(かいぎゃく)たっぷりの口上に、ひさしぶりに胸のうちがスカッとする。
朝日新聞 2003年9月14日
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