神仙思想や道教、仏教、民間伝承がミックスした多彩な物語
わたしは、長寿や富や幸運の神々の像を、大切そうにていねいに磨きあげていた祖母のようすをよく覚えている。邪(と悪臭)を払って大事な家族を守るために、火のついたお香を差したりんごが故郷の裏通りのあちこちに置かれていた情景を、鮮やかに思い浮かべることもできる。中国人と神話の結びつきは常に進行形で、世代が変わるたびに新たな展開を見せる。現在も、国としての威信が高まり、歴史が見直されるのに合わせて、神話への関心が再燃しつつある。実際、同国の大きさと国民の多様性を鑑みれば、中国の神話とは、人智を越える存在と交信していた太古の昔の物語やさまざまな民族に伝わる民間伝承と、道教やのちの仏教の影響とが絡み合いながら、常に進化を続けている概念だと言えるだろう。
多様な影響
国や文化によっては、このような幅広い思想を同時に受け入れることはできないのかもしれないが、特有の歴史を抱える中国では、心を躍らせる多彩な物語が、矛盾や相容れない物の見方を抱えたまま、珍しいパッチワークのように継ぎ接ぎの形で共存している。本書では、中国の膨大な遺産のなかから、よく知られている、人々に愛されている、文化的に重要である、あるいはたんにおもしろい神話の英雄、神々、伝説、物語を集め、読みやすい順序に並べた。むろん、地域によってそれぞれ異なる物語、呼び名、由来があるため、神話についての知識がある読者なら、自分の知っている話とは違うと感じることもあるかもしれない――だが、それもみな、なにもかもが混ざり合った雑多な中国神話ならではのことである。本書では、最も資料がそろっているバージョンと、北は長春から南は広州まで、わたし自身が中国で暮らしていたときに学んだ話に沿うよう努めた。
出典について
本書は中国神話についてわたしが執筆した2作目の本である。前作ではおもに神々の話と、それが現代中国文化でどのように捉えられているかに焦点を当てたが、今回は人間、怪物、霊の話を深く探っていこうと思う。中国の伝説の怪物や幻の魔物の詳細については、以下に挙げるさまざまな古典を参考にした。『聊斎志異』――蒲松齢が収集した話で初版は18世紀――は、民族人類学の初期の作品集である。この学者は賑わう街道脇に文机を置いて座り、火をおこして、通りがかりの人にお茶と休息を提供する代わりに、鬼や霊の話を提供してもらったという。
『山海経』――ひとりの著者によるものか多数が記したものかは不明だが、記録として収集されたもの――は、戦国時代と漢王朝のあいだの時期に集められたと考えられている。各地方の風変わりなものごとが記録され、多くの動物、植物、民族が分析、解明されているが、現代人から見ればありふれたものもある。この書物は中国に残っている最古の神話だと考えられている。
『淮南子』――紀元前2世紀に貴族の劉安の命で編纂されたもの――は、宇宙論、形而上学、社会秩序を含むテーマを考察する著作集で、大昔の中国の価値観や信仰の概念が詳しくつづられている。
共通のテーマ
こうした物語や神話には世界共通のテーマがたくさんあるが、逆に、ここにないと驚く例もあるかもしれない。たとえば、主要な中国神話のいずれにも西洋の神々の没落(ラグナロク)や世界の終わりの決戦(ハルマゲドン)に匹敵する概念は登場せず、むしろ森羅万象や日常生活に重きが置かれている。また、中国には多数の神、英雄、怪物がいて、海、川、洪水、干ばつに関わっている。中国における「水」は制御のきかない大きな要素のひとつで、漁師から農民、将軍から摂政まで、すべての人の生活が水を中心に営まれていたからだ。一方、中国ほどの大きさの国が数千年にわたって分裂や統一を繰り返すとなると、国の安定を維持するにあたって国政術、記録、階層が欠かせない。そのため、神話にも明らかに官僚的なテーマが含まれている。神話には人々の願望や恐怖が反映されている。英雄は社会の理想像、怪物は恐怖心の表れだ。神々や宝には、人々が手に入れたいと望むものが映し出されている。
本書が中国神話の概念やパターンの解説になるだけでなく、その裏にある思想を知り、ひいては文化の理解を深めることにつながれば幸いである。
[書き手]シュエティン・C・ニー(中国文化研究、翻訳家、ライター)
中国、広州生まれ。11歳のときに家族と英国に移住し、ロンドン大学を卒業。北京の中央民族大学で中国文化について研究。著書に『From Kuanyin to Chairman Mao:An Essential Guide to ChineseDeities(観音から毛沢東まで――中国の神々についての入門書)』がある。彼女がキュレーションし翻訳した中国のSF作品集『Sinopticon』(シノプティコン)』は2022年のBFS(英国ファンタジー協会)賞で最優秀アンソロジーを受賞。現在はロンドン郊外に在住。