書評
『ネザーランド』(早川書房)
移民通じ米同時テロ後を描く
米国で同時多発テロが起きてから10年あまりが過ぎた。この10年、「アメリカ」はなにを経験してきたのか。ビンラディン殺害に一丸となって沸く人々の図を「アメリカ」「アメリカ人」としてひと括(くく)りにすることは当然できない。米国はもとより世界各地で、9・11を材に数々の小説が書かれてきた。『ネザーランド』は米国の移民社会というプリズムを通して、9・11以後の世界を描いた傑作である。
主人公ハンスはオランダのハーグに生まれ、イギリスで証券アナリストとして成功し、さらにNYへさらなるチャンスを求めて移住。そこでテロに遭い、妻との信頼関係は揺らぎだし、家庭生活が崩れていく。
そうした中でトリニダード出身の怪しげな事業家チャックと出会い、ブルックリンに広大なクリケット場を建設するという彼を手伝うことになる。英国発祥のこの競技は実はNYにも南アジア・西インド人ら膨大な人口をもつが、マイナーな存在。本作におけるクリケットは、帝国主義の生んだ移民社会の強烈な影の部分なのだ。チャックはクリケットを広めることで、世界を救おうとすら考える。一方、ハンスはインド出身のB級グルメ評論家の空(むな)しい仕事に自らを投影して挫折感を強め、「生前からすでに記憶から消され」ていた母と祖国を思う。
9・11後に彼ら「アメリカ人」が抱えた茫洋(ぼうよう)たる喪失感や虚(うつ)ろさとは、しかしテロによるものだろうか。偶々(たまたま)テロによって露(あら)わになった、もっと根の深いものではないのか。本作はそう問いかけているのではないか。核となるのは一家族の危機であり、この小さな物語が光をあてるのは「アメリカ」がくぐり抜けてきたあまりに多様なもののほんの一部にすぎない。しかしその小さな光源によって、なんと多くのドラマが浮かびあがることだろう。フィッツジェラルドばりに美しい筆致で、しかし『グレート・ギャツビー』の側からは見えなかった「アメリカ」の狂気と不条理と滑稽さを『ネザーランド』は描きだしている。
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