後書き
『骨が語る人類史』(原書房)
わたしたち人間を含む動物の体を支える骨。骨がいつ誕生したかをご存知だろうか?
動物の体の枠組みの役割を果たす骨は、4億1900万年前に生まれた。じつはたんなる進化の偶然で生じた骨だが、信じられないほどの回復力があり、驚くべき多様な生物を形作るために役に立つことになった。
骨の発達から歴史的発見、骨相学に見る人種的偏見や倫理学まで、「骨づくしの博物誌」とも言えるユニークな本、『骨が語る人類史』の訳者あとがきを公開する。
単語だけを見れば、スケルトンは骨格や骸骨、キーは鍵を意味するが、スケルトンキーとは鍵のギザギザした刻み目の大部分がないために複数の錠を開けることのできるマスターキー(親鍵)のことである。
骨の慣用句が好きだという著者は、わたしたちの体の基礎を作っている必要不可欠な部分としての骨格について語り、また骨のすべてを解き明かすという意味で、タイトルにその言葉を持ってきたのだろう。
日本語にも「骨」を用いる慣用句がいろいろあるが、英語にもたくさんある。よく使われるのが、「a skeleton in the closet」で、直訳すると「戸棚のなかの骸骨」だが、これは、だれにでもひとつやふたつはありそうな「人には言えない秘密」を指す。
骨とは関係がないが、不都合を隠すという意味で「sweep ~ under the carpet」(絨毯の下に掃き入れる)という言い回しもある。英語圏の表現では、暴露されるとまずいもの、とりあえず見たくないものはみな家のなかの見えない場所に隠されているようで、なかなかおもしろい。
著者は一言で述べるなら恐竜オタクである。
自分の背丈がステゴサウルスの膝くらいだったころからということなので、おそらく幼児のころからの恐竜ファンだ。
サイエンスライターとして生計を立てるようになってからもなお、アメリカ大西部で恐竜の発掘に携わっており、本人のツイッターのプロフィールもずばり「T・レックス(ティラノサウルス)の遠い親戚」である。
本書の前半で語られている、気が遠くなるほど長い骨の歴史を考えれば、あながちまちがいではないだろう。著者のブログも化石に関する内容であふれかえっている。本書は人骨に関する本ではあるが、恐竜に対する著者の思い入れが随所に表れているようにも感じられる。
一方、人間の骨に関して言うならば楽しいことばかりではない。特に、アメリカに根深く残る差別の問題について、著者は正面から切り込んでいる。
翻訳という仕事に携わっていると、主題をたどっていくうちにアメリカの人種差別とぶつかる本に出会うことが多いのだが、人類学や考古学もその問題を抱えているということに驚き、また問題の深さを感じる。
しかしながら、本書は専門家がしかめつらで難しいことを語る本ではない。
骨の不思議、またそれを取り巻く社会について繰り広げられる骨物語を楽しんでいただければ幸いだ。
読み終わるころには自分の腕を見て、内部の骨を想像できるようになっているかもしれない。
[書き手]大槻敦子(翻訳家)
動物の体の枠組みの役割を果たす骨は、4億1900万年前に生まれた。じつはたんなる進化の偶然で生じた骨だが、信じられないほどの回復力があり、驚くべき多様な生物を形作るために役に立つことになった。
骨の発達から歴史的発見、骨相学に見る人種的偏見や倫理学まで、「骨づくしの博物誌」とも言えるユニークな本、『骨が語る人類史』の訳者あとがきを公開する。
骨のすべてを解き明かす
人間の骨について、その成り立ちから機能、さらには人間社会との関わりまで、幅広く骨を読み解く本書の原題は“Skeleton Keys”である。単語だけを見れば、スケルトンは骨格や骸骨、キーは鍵を意味するが、スケルトンキーとは鍵のギザギザした刻み目の大部分がないために複数の錠を開けることのできるマスターキー(親鍵)のことである。
骨の慣用句が好きだという著者は、わたしたちの体の基礎を作っている必要不可欠な部分としての骨格について語り、また骨のすべてを解き明かすという意味で、タイトルにその言葉を持ってきたのだろう。
日本語にも「骨」を用いる慣用句がいろいろあるが、英語にもたくさんある。よく使われるのが、「a skeleton in the closet」で、直訳すると「戸棚のなかの骸骨」だが、これは、だれにでもひとつやふたつはありそうな「人には言えない秘密」を指す。
骨とは関係がないが、不都合を隠すという意味で「sweep ~ under the carpet」(絨毯の下に掃き入れる)という言い回しもある。英語圏の表現では、暴露されるとまずいもの、とりあえず見たくないものはみな家のなかの見えない場所に隠されているようで、なかなかおもしろい。
著者は一言で述べるなら恐竜オタクである。
自分の背丈がステゴサウルスの膝くらいだったころからということなので、おそらく幼児のころからの恐竜ファンだ。
サイエンスライターとして生計を立てるようになってからもなお、アメリカ大西部で恐竜の発掘に携わっており、本人のツイッターのプロフィールもずばり「T・レックス(ティラノサウルス)の遠い親戚」である。
本書の前半で語られている、気が遠くなるほど長い骨の歴史を考えれば、あながちまちがいではないだろう。著者のブログも化石に関する内容であふれかえっている。本書は人骨に関する本ではあるが、恐竜に対する著者の思い入れが随所に表れているようにも感じられる。
一方、人間の骨に関して言うならば楽しいことばかりではない。特に、アメリカに根深く残る差別の問題について、著者は正面から切り込んでいる。
翻訳という仕事に携わっていると、主題をたどっていくうちにアメリカの人種差別とぶつかる本に出会うことが多いのだが、人類学や考古学もその問題を抱えているということに驚き、また問題の深さを感じる。
しかしながら、本書は専門家がしかめつらで難しいことを語る本ではない。
骨の不思議、またそれを取り巻く社会について繰り広げられる骨物語を楽しんでいただければ幸いだ。
読み終わるころには自分の腕を見て、内部の骨を想像できるようになっているかもしれない。
[書き手]大槻敦子(翻訳家)
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