書評
『聞く技術 聞いてもらう技術』(筑摩書房)
「聞くこと」は「無償の愛」と見つけたり
あなたのことを理解している。そして、理解されていると思っていた。けれど、いつからだろう、あなたの言葉をうまく聞きとれず、わたしの声も伝わらない。あなたはどうしてそんなことを言うの? なんでちゃんと聞いてくれないの?わたしたちの人生において、「理解されたい」と願う痛切な瞬間は、いままで何回も訪れたはずです。
そして「理解されない」という悲しみに遭遇したとき、わたしたちは力を失ってしまう。
けれど、「なにかあった?大丈夫、話してごらん」と、あなたの話をあなたのそばで、ゆっくり、たしかに聞いてくれる誰かがいたのなら、あなたは安心とよろこびに包まれたのではないでしょうか。
〈なぜ話を聞けなくなり、どうすれば話を聞けるようになるのか。あるいはどういうときに話を聞いてもらえなくなり、どうしたら話を聞いてもらえるのか〉が本書のテーマであり、心のケアの専門家である臨床心理士の観点から、著者・東畑開人さんは「聞く技術」「聞いてもらう技術」を、「小手先編」から「本質編」まで、様々な粒度で例示してくれます。
〈あなたが話を聞けないのは、あなたの話を聞いてもらっていないからです。心が追い詰められ、脅かされているときには、僕らは人の話を聞けません〉
東畑さんは〈「聞く」の不全が社会を覆ういまこそ 「聞く」を再起動しなければならない、そのためには、それを支える「聞いてもらう」との循環が必要〉と説きます。
〈心にとって真の痛みは、世界に誰も自分のことをわかってくれる人がいないこと〉であり、〈苦境にあるとき、誰かが話を聞いてくれる。不安に飲み込まれ、絶望し、混乱しているときに、その苦悩を誰かが知ってくれて、心配してくれる。ただそれだけのことが、心に力を与えてくれる。現実は何も変わっていないのに、不安が和らぎ、考えるちからが戻ってくる〉。著者はこれが〈聞くことのちから〉と言います。
理解してほしい、と願う人の話を、「聞く技術」を駆使し聞く。そうすると、その人の心には、安心と回復がもたらされる。〈やさしくされることでしか、ひとは変われないし、回復でき〉なかったのだ。そして〈あるときには聞いてもらう側だったけど、別のときには聞く側になる〉〈「聞く」がそうやってグルグル循環しているときにのみ、「社会」というものはかろうじて成り立つ〉。
「聞く技術」は「愛と安心を手渡す技術」とも言い換えることができるのではないでしょうか。〈みんなが聞こうとしている。そして本人も聞いてもらうことを恐れなくなっている。そういうときに、心は回復していく。ここに、聞くことのちからがあります〉。この本からは「大丈夫?」と優しく問う声が聞こえてきます。
誰にも言えなかった。聞いてもらえた。理解してもらえた。やさしくしてくれて、本当にありがとう。もう孤独ではない。今度は、思い切って誰かに「大丈夫?」って聞きにいこう。その最初の一歩が、ずっと繋がっていく無償の愛のはじまりとなるはず。もらった愛と安心を、いま心に浮かぶあの人に手渡しにいこう。小手先でも大丈夫。聞くことのちからを信じて。
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