創造の星雲、中心であり続けた
「タイムレス」という表題はなぜか心魅かれるものがある。二千年前の古代史を専門にする評者には、現代はどこかタイムレスであってほしいのだ。悠久の彼方にある古代世界を見つめているのだから、時勢や流行に煩わされたくない。だが、この世の最先端を駆け抜けていた石岡瑛子にとっては、流行に左右されず、それを超えた地平に生きるという意味でタイムレスであったのではないだろうか。時流が彼女についてくることはあっても、彼女が時流を追いかけることはありえなかった。
石岡瑛子なる稀有な人物は、広告やデザインの世界では、もはや伝説の域にあるらしい。だが、その功績については、その型破りな人物像のせいか、意外に知られていない。
1938(昭和13)年、東京生まれ。幼少期から絵が抜群にうまく、東京藝術大学美術学部図案計画科入学、在学中にデザインコンクールに入賞し、卒業して資生堂に入社した。60年代はそこを拠点にグラフィックデザインで活躍し、70年代はパルコを拠点に広告キャンペーンで存在感を示した。それ以後は、アメリカを中心に国際舞台で自分を表現しつづけた。
資生堂時代の初期は、会社で自分の成果を認められながらも、権威ある美術展での受賞にこだわっていた。あるとき「審査員ウケを狙うのはやめよう。私が本当にやりたいことを突き詰めよう」と決意した。これは瑛子にとって人生の大転機であったにちがいない。
瑛子の手がけた分野は、グラフィックデザイン、映像、セット、衣装、広告キャンペーン、映画、展示企画、出版、ファッションショー、オペラ、サーカスなど、あまりにも多岐にわたっている。モダンジャズのジャムセッションのように、腕利きの創作者(クリエイター)たちと即興のやりとりを楽しむ才能に恵まれていたのだろう。だから、ソロの「私」の表現にこだわるというよりも、周りに共演者がいるなかで強靱な「私」を主張する表現者であったのだ。
ジャズの帝王マイルス・デイヴィスのアルバム写真でグラミー賞を獲得し(1987年)、『ゴッドファーザー』や『地獄の黙示録』の監督として知られるフランシス・コッポラの映画『ドラキュラ』の衣装デザイン部門でアカデミー賞を受賞する(1993年)。まさに衣装が主演の映画だったという。
そのような華々しい実績を重ねながらも、決して一処に留まろうとせず、さまざまな差異を超えて、世界の異才たちに挑んでいった。だからこそ、石岡瑛子を主人公にして、彼女を取り巻く表現者群像について、本書は物語ることができたのである。
複雑化する現代社会のなかで共同作業(コラボレイション)を通して強靱な「私」を貫く。そこにタイムレスの独自性があり、まさに「未来の黙示録」でもあり、時代はやっと瑛子に追いつこうとしているのだ。
デザインとアートの交錯する造形美の世界を言葉で語るのはやはり難しい。幸い、本書の冒頭には瑛子の主要作品が32頁にわたってカラー写真で飾られている。感動や感情を響かせる生命観あふれる瑛子の造形美について、著者は「命のデザイン」とよぶことにしたらしい。この著者の力量もあって、500頁を超す大著だが、一気に読めるのは嬉しいかぎりだ。