書評
『伝え方が9割』(ダイヤモンド社)
オバマ演説に通じる技法
たった二つのことしか書かれていない本である。だが、学べることはとても多い。著者は国際的な広告の賞を受賞し、Jポップの歌詞なども手がけるコピーライターである。この本が述べる二つの技術のひとつ目は、「相手のメリット」を踏まえた話し方の技術だ。
例えば「後方のお客さま、前のお客さまが出られるまで、お席でお待ちください」という機内アナウンス。これが「後方のお客さま、お時間がかかってしまうので、ごゆっくり、お支度ください」になると、がらっと印象は変わる。前者のアナウンスに、人はいらいらするが、後者であれば納得して従ってしまうだろう。自分の都合を押しつける場合でも、言い方を変えることで、人の心理の持ち様を変えるのだ。
もうひとつは、言葉の印象を強める技術だ。例えば、「これは、あなたの勝利だ」というメッセージを「これは私の勝利ではない。あなたの勝利だ」と、一文頭に付け加えることで、言葉のインパクトを高めることができる。付け加えるのは、対になる言葉、反対の意味を持つ言葉。「ギャップ」をうまく利用する。ちなみに、この言葉はオバマ大統領のものだ。演説上手の秘密は、ここにあった。
どちらも単純な手法である。わざわざ1冊にまとめるほどのものではない。だが、料理のレシピとはそういうもの。作り方や材料を見せられると、なんてことなく見えるが、それはレシピを見たから言えること。後出しじゃんけんでしかない。またレシピを知ったからといって、うまく作れるかどうかは別問題。技量やセンスが問われる。誰でもレシピだけで優秀なコピーライターになれるわけではない。
ちなみに本原稿の冒頭の一文は、本書のテクニックであえて強調してみたもの。でき映えのほどはいかがなものでしょう?
朝日新聞 2013年6月16日
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