読書日記
菊地成孔『CDは株券ではない』(ぴあ)、デイヴィッド・プロッツ『ジーニアス・ファクトリー 「ノーベル賞受賞者精子バンク」の奇妙な物語』(早川書房)ほか
ぼくに音楽知識が不足しすぎているため内容がよくわからない。にもかかわらず独特のバランス感覚と言葉の使い方に魅せられてしまいおもしろく読めてしまった。という希有な体験を与えてくれた本は、以前紹介した菊地成孔『憂鬱と官能を教えた学校』なのですが、菊地成孔『CDは株券ではない』(ぴあ/一五〇〇円)は、「毎月三曲ずつポップをとりあげ、論評、初動売上げ予想、その結果」という内容なので、さすがにぼく程度の音楽知識の持ち主にもわかりやすくスラスラ読めてしまい一気に読み終わってしまったのでした。
キザっぽい紋切り型フレーズを組み合わせて感想を書いてるだけの評がこの世には多すぎると思っているぼくにとっては、印象批評だけじゃなくプラスαが圧倒的に隅々まで感じられる内容になってるのが読んでいて嬉しい。
さらに、読んでいて気持ちいいのは、妙な圧縮率を感じさせる文章と、独特のリズムのせいかもしれない。
というなら具体的に引用したほうがわかりやすいとは思うものの、そう思って引用箇所を探すとなかなか見つからない。独特でありながらバラエティにとんでいる文体なのでありました。でも、いいや、えいやっ! と一箇所、引用してみよう。
デイヴィッド・プロッツ『ジーニアス・ファクトリー 「ノーベル賞受賞者精子バンク」の奇妙な物語』(酒井泰介訳 早川書房/一八〇〇円)には、おったまげたね。「レポジトリー・フォー・ジャーミナル・チョイス」は、天才の遺伝子を残すべく設立された精子バンク。ノーベル賞受賞者の精子があるよ!ってのがウリの施設なんですが、これを創設した大富豪のおっさんが凄すぎ。
優生学的なユートピア思想を持っていて、天才さんや凄腕実業家のところへ飛んでいくんですな。で、その人物に惚れまくり、「あなたのような優秀な人の遺伝子を残さなくちゃ良き世界になりませんぜ」っていうふうに優越感くすぐりまくりの口説きまくり、ほめまくり、精子をくれ精子をくれ精子をくれ、でも腰は低く、熱心に精子をくれとプロポーズしまくるのです。提供者に金銭を払わないのですが、それも口説きのうち。提供者の男性は、”夕食に連れ出され、それからホテルに連れて行かれそうになって……。〈女性の気持ちがわかったよ〉と言ったものです”と語っています。
そうやって集めた天才たちの精子から生まれたベイビーたちはその後どうなったのか? 著者が「精子探偵」となり精子提供者を見つけ出し父子が対面する顛末、設立者のロバート・グラハムはどういった人物なのか、精子バンクはどうなったのか。なんともはや仰天のノンフィクションであります。
日野晃・押切伸一『ウィリアム・フォーサイス、武道家・日野晃に出会う』(白水社/一八〇〇円)は、世界一の振付家であるフォーサイスが自らのカンパニーの師として日本人武道家・日野晃を招き、ワークショップを行う、その七日間のリポート。文字だけでは表現しきれるはずもなく想像するしかないのだけど、出会いが生んだ興奮のようなものは伝わってくる。引用したくなる箇所は多々あるのだけどひとつだけ。”日野にとって”面白さ”とはスリリングで予想を裏切るような出来事が起こることであり、その”面白さ”を作り出せなければ殺されるのが武道であると考えている” 武道の動きをダンサーたちが貪欲に吸収していく様子は、スター・ウォーズのフォース修行を連想したりしたのでした。
ジェフ・ルート『検索エンジン戦争』(佐々木俊尚訳 アスペクト/一五〇〇円)、インターネットの検索エンジンの勢力争いと技術改革合戦を描いている「検索エンジン版三国志」って感じの本。歴史的流れを追ってSEOや広告モデルが解説される。基本的にビジネス視点なので、技術専門性がなくても、その概要が理解できるようになってるのが楽しい。
名和靖将『刑務所生活の手引き』(イースト・プレス/一一四三円)は、受刑者の一日のスケジュール、部屋構成、食事、検身といった生活ガイドから、海外製のタグを外し日本製と書かれたタグを縫いつける違法行為作業を受刑者にやらせていたなんていう仰天話まで、刑務所蘊蓄満載。ページ構成が、黒枠の断ち落としに見出しタイトルがくっついててカッコイイ。デザインは重実生哉+山口真司。
鍵本聡『計算力を強くする』(講談社ブルーバックス/八〇〇円)は、日常で使う計算を、ちょいと発想を変え、ちょいと計算視力を鍛え、スラスラやってやろうって内容。この本にも書いてあるけど、二桁のかけ算は、もうあるていど暗記しちゃったほうが計算力アップの近道。で→かえるさんとガビンさん『二桁のかけ算一九一九』(ライブドアパブリッシング/九八九円)の出番。”一茶のビキニでイチコロ””伊代、一休にむらむら”って語呂合わせで11×11から19×19までも憶えちゃおうって本なのだ。(えいえいおーのポーズで)来月までに暗記するよ、俺は。
漫画は伊藤潤二『地獄星レミナ』(小学館/五五二円)をオススメ。未来世界が舞台だけど、そんなことはどうでもいいぐらいに奇想妄想大炸裂。あれです、ホラー映画で、シリーズ化してしまってとうとう宇宙編とか作っちゃった! ってノリです。特に後半の人間たちの飛行シーンの無茶ぶりは爽快。世界中の人々が空を飛び、大鬼ごっこが繰り広げられる怒濤の展開は馬鹿馬鹿しくも素晴らしい。宮崎駿にアニメ化していただきたい。
【この読書日記が収録されている書籍】
キザっぽい紋切り型フレーズを組み合わせて感想を書いてるだけの評がこの世には多すぎると思っているぼくにとっては、印象批評だけじゃなくプラスαが圧倒的に隅々まで感じられる内容になってるのが読んでいて嬉しい。
さらに、読んでいて気持ちいいのは、妙な圧縮率を感じさせる文章と、独特のリズムのせいかもしれない。
というなら具体的に引用したほうがわかりやすいとは思うものの、そう思って引用箇所を探すとなかなか見つからない。独特でありながらバラエティにとんでいる文体なのでありました。でも、いいや、えいやっ! と一箇所、引用してみよう。
さて〈ノドチンコが無い、特殊な声帯である(なのでヴィブラートがかからないのである)〉という都市伝説もすっかり忘れられて幾星霜。の松任谷由実さんですが、特殊とはいえ声帯は声帯、年齢的には同じか上に見える中島みゆきさんが〈ヴィブラート過多〉を〈老人の声帯〉(老人の声帯が弾性を失って緩み、腹筋の緩みとシンクロして声が震えることは皆様御存知ですね)経由で〈シャンソン/フォーク〉とアジャストさせて、見事に中年以降の歌唱スタイルを盤石に築いたこととあらゆる意味で対照的な苦難が待ちかまえているのでしょうか。
デイヴィッド・プロッツ『ジーニアス・ファクトリー 「ノーベル賞受賞者精子バンク」の奇妙な物語』(酒井泰介訳 早川書房/一八〇〇円)には、おったまげたね。「レポジトリー・フォー・ジャーミナル・チョイス」は、天才の遺伝子を残すべく設立された精子バンク。ノーベル賞受賞者の精子があるよ!ってのがウリの施設なんですが、これを創設した大富豪のおっさんが凄すぎ。
優生学的なユートピア思想を持っていて、天才さんや凄腕実業家のところへ飛んでいくんですな。で、その人物に惚れまくり、「あなたのような優秀な人の遺伝子を残さなくちゃ良き世界になりませんぜ」っていうふうに優越感くすぐりまくりの口説きまくり、ほめまくり、精子をくれ精子をくれ精子をくれ、でも腰は低く、熱心に精子をくれとプロポーズしまくるのです。提供者に金銭を払わないのですが、それも口説きのうち。提供者の男性は、”夕食に連れ出され、それからホテルに連れて行かれそうになって……。〈女性の気持ちがわかったよ〉と言ったものです”と語っています。
そうやって集めた天才たちの精子から生まれたベイビーたちはその後どうなったのか? 著者が「精子探偵」となり精子提供者を見つけ出し父子が対面する顛末、設立者のロバート・グラハムはどういった人物なのか、精子バンクはどうなったのか。なんともはや仰天のノンフィクションであります。
日野晃・押切伸一『ウィリアム・フォーサイス、武道家・日野晃に出会う』(白水社/一八〇〇円)は、世界一の振付家であるフォーサイスが自らのカンパニーの師として日本人武道家・日野晃を招き、ワークショップを行う、その七日間のリポート。文字だけでは表現しきれるはずもなく想像するしかないのだけど、出会いが生んだ興奮のようなものは伝わってくる。引用したくなる箇所は多々あるのだけどひとつだけ。”日野にとって”面白さ”とはスリリングで予想を裏切るような出来事が起こることであり、その”面白さ”を作り出せなければ殺されるのが武道であると考えている” 武道の動きをダンサーたちが貪欲に吸収していく様子は、スター・ウォーズのフォース修行を連想したりしたのでした。
ジェフ・ルート『検索エンジン戦争』(佐々木俊尚訳 アスペクト/一五〇〇円)、インターネットの検索エンジンの勢力争いと技術改革合戦を描いている「検索エンジン版三国志」って感じの本。歴史的流れを追ってSEOや広告モデルが解説される。基本的にビジネス視点なので、技術専門性がなくても、その概要が理解できるようになってるのが楽しい。
名和靖将『刑務所生活の手引き』(イースト・プレス/一一四三円)は、受刑者の一日のスケジュール、部屋構成、食事、検身といった生活ガイドから、海外製のタグを外し日本製と書かれたタグを縫いつける違法行為作業を受刑者にやらせていたなんていう仰天話まで、刑務所蘊蓄満載。ページ構成が、黒枠の断ち落としに見出しタイトルがくっついててカッコイイ。デザインは重実生哉+山口真司。
鍵本聡『計算力を強くする』(講談社ブルーバックス/八〇〇円)は、日常で使う計算を、ちょいと発想を変え、ちょいと計算視力を鍛え、スラスラやってやろうって内容。この本にも書いてあるけど、二桁のかけ算は、もうあるていど暗記しちゃったほうが計算力アップの近道。で→かえるさんとガビンさん『二桁のかけ算一九一九』(ライブドアパブリッシング/九八九円)の出番。”一茶のビキニでイチコロ””伊代、一休にむらむら”って語呂合わせで11×11から19×19までも憶えちゃおうって本なのだ。(えいえいおーのポーズで)来月までに暗記するよ、俺は。
漫画は伊藤潤二『地獄星レミナ』(小学館/五五二円)をオススメ。未来世界が舞台だけど、そんなことはどうでもいいぐらいに奇想妄想大炸裂。あれです、ホラー映画で、シリーズ化してしまってとうとう宇宙編とか作っちゃった! ってノリです。特に後半の人間たちの飛行シーンの無茶ぶりは爽快。世界中の人々が空を飛び、大鬼ごっこが繰り広げられる怒濤の展開は馬鹿馬鹿しくも素晴らしい。宮崎駿にアニメ化していただきたい。
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