書評
『悲願千人斬の女』(筑摩書房)
破天荒な奇人列伝、至芸の名調子で
『犯罪紳士録』の著者による破天荒な奇人列伝。一度読みはじめたらやめられないほど面白い。山田風太郎の明治ものをもっと実証的に仕上げた趣だが、著者の口調が講談の名人のように弾んで、それじたい至芸として結晶している。表題の「千人斬」を達成した有名女性は二人いる。女の場合は、千人信心といい、心願かなうと観音様になるらしい。その一人が下谷芸者のお玉。接した男の家紋を背中の上から順に刺青(いれずみ)して、尻まで紋だらけになったというから凄まじい。だが、千回千個もの刺青が背中に乗りきるかと思うと、眉唾物の疑いも生じてくる。
もう一人が本書の主人公、松の門三艸子(とみさこ)。明治の高名な歌人だが、二十歳で深川芸者となり、山内容堂や松平確堂など、旧幕の並みいる大物の寵を受けた。数え年四十八で大願成就、赤飯を配ったという。だが、そんな淫蕩な女がどうして一流の芸者として遇され、歌道の師として名門へ出入りできたのか? また、それが伝説にすぎないとすれば、なぜそんな伝説が生まれたのか?
小沢名探偵は、終始、この侠気あふれる江戸っ娘・三艸子をえこ贔屓しながら、実証と推理を展開し、快刀乱麻を断つごとく千人斬の真実を斬ってみせる。そのスリリングな名調子をとくと堪能あれ。
残る三人は男で、現代では三艸子よりはるかに有名人。それだけにどこかで聞いたような話もまじるが、先にもいったとおり、ここは小沢信男の名人芸を楽しむべき極上の寄席なのである。聞いたことのある演目だと目くじらを立てるような野暮天には端(はな)からお引きとり願おう。
妾を作るたびに支店を経営させ、二十店舗と、三十人の子供を作った牛鍋チェーン「いろは」の大王・木村荘平。
明治から昭和まで五十六年も精神病院に収容され、そこから世界内閣改造やインド国総長ガンジー任命など号令を下しつづけた「日本一の狂人」芦原将軍。
極貧、アルコール耽溺、少年愛の天才入道・稲垣足穂。
いずれ劣らぬ怪人・奇人の愛すべき言行録だ。千人斬ってくださいとはいわないが、もっともっと続編が読みたい。
朝日新聞 2004年10月10日
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