書評
『儒学殺人事件 堀田正俊と徳川綱吉』(講談社)
学説めぐる闘争、大胆に描く
NHKで放映された韓国の歴史ドラマ「トンイ」では、臣下の官僚が朝鮮国王の粛宗(スクチョン)を諫(いさ)める場面が出てきた。時は17世紀の後半。朝鮮半島では、中国にならって朱子学を支配イデオロギーとする朝鮮王朝のもとで、国王と臣下がともに儒教を学ぶ体制が確立されていたが、学説の違いから官僚の間に党派が生まれ、党派間の権力闘争が激化しつつあった。翻って同時代の日本はどうだったか。戦国時代の最終的な勝利者として樹立された江戸の武家政権は、朝鮮とは根本的に体制が異なっていた。朱子学は支配イデオロギーにはならず、将軍に仕える臣下も科挙によって選抜されたわけではなかった。
だが本書は、粛宗の時代に日本でも朝鮮と一見よく似た光景が、将軍の徳川綱吉と大老の堀田正俊の間に繰り広げられていたという、驚くべき説を唱えている。貞享元(1684)年に正俊が江戸城で刺殺された背景には、儒教政治の理想である「仁政」をめぐる綱吉と正俊の解釈の違いがあり、それが両者の確執へと発展して事件を引き起こしたというのだ。
2人のうち、朱子学に深く通じていたのは、正俊のほうであった。正俊は、粛宗が綱吉の将軍職就任を祝賀するために遣わした朝鮮通信使の一行と、漢文で儒学に関するやりとりを交わし、自らの学問を一層強固なものにしている。日朝両国の政治体制の違いを超えて、これほどレベルの高い学問的交流が両国の間に成り立っていたこと自体が感動的である。
正俊の子孫に会い、堀田家に代々伝わる小箱に収められた原本を閲覧しないではいられない行動力。先行研究を踏まえての大胆な推理。そしてそれを平易な文章でドラマチックに展開する構成力。どれをとっても、並の学者にできることではない。知的興奮をかきたてずにはおかない力作といえるだろう。
朝日新聞 2014年7月6日
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