書評
『The Life-Changing Magic of Tidying Up: The Japanese Art of Decluttering and Organizing』(Ten Speed Press)
こんまりの「片づけ本」がアメリカでバカ売れした理由
自宅の大規模な増改築をすることになり、家をいったん空にしなければならなくなった。東京から香港を経てボストン郊外の現在の家に引っ越してきたときにいらないものを捨ててスッキリしたはずだ。それなのに、気づいたら家中にモノがあふれている。20年の間にバクテリアのように増殖した感じだ。家事の中で掃除が一番苦手な私は、自己啓発書に自分の欠陥を責められるのが嫌で片付けがテーマの本を避け続けていたのだが、目の前に迫った重要なタスクのためにモチベーションが欲しくなった。
そこで、全米で注目を浴びている「こんまり(こちらでもKonMariと呼ばれている)」さんの『人生がときめく片づけの魔法』(サンマーク出版)の英語版「The Life-Changing Magic of Tidying Up: The Japanese Art of Decluttering and Organizing」を読んでみることにした。アメリカで大ベストセラー(5月14日時点、アマゾンでNo. 1の堂々たる全米トップ ※事務局注:本書評執筆は2015年)になっている現象に興味があったので、その秘密も知りたい。
アメリカではこれまで沢山の「片付け術」の本が刊行されている。私が知るアメリカ人の家は平均的な日本人の家よりずっと片付いていて、夫の家族や友人の家は常にインテリアデザイン雑誌に載せられる状態だ。そんなアメリカで日本人の本がこんなに売れたのは本当に不思議だった。
読んでみて感心したのは、著者が「片付けられない人」と「片付けが得意な人」の心理と傾向を熟知していることだった。モノが溜まった理由や、捨てられない理由など、心当たりがあることだらけ。事例も、「これは私だ!」とか「これは夫。これは姑」と自分や周囲の人がすぐに浮かんでくる。
でも、日本人向けに書かれたものだから、アメリカの住宅事情や文化背景に合わないところがある。それなのにアメリカの読者の評価は高い。
じつは、アメリカの読者にとっては、この文化の違いこそが新鮮なのだ。アメリカの片付け本は、おおむね方法論でしかない。「キッチンはこう収納し、デスクはこう片付ける」といった細かいハウツーが載っている。だが、こんまり本は違う。読者の心理を知り尽くしたうえで人生を根こそぎ変えてくれる、哲学と人生学の本なのだ。
たとえば何かを食べないとか何かを食べるというダイエットで短期的に体重を減らしても、食生活とエクササイズの面で徹底的に生活様式を変えないかぎりは必ずリバウンドする。そして、人生観そのものが変わらないと生活様式は変わらない。こんまり本は、読者の人生観を変えるのでリバウンドしない。
しかも、その方法がすごくシンプルだ。「Does this spark joy?(これは、ときめきをもたらすか)」と自分に問いかけるだけでいい。アメリカの読者は、まずここに惹かれてしまう。
しかも、モノを捨てることで、過去のしがらみからも解放させてくれる。
こんまりの教えに従って片付けを終えた読者は、これまで得たことがないような清々しい気分になる。そして、空っぽになったクロゼットを見ても、お店にかけつけて服やバッグを買いに行く衝動に駆られない自分に驚く。本当に人生が変わってしまったのだ。まるで禅の修行を終えたみたいではないか!
この本に感銘を受けるのは女性だけではない。大変な読書家であり、著名人にスピーチの指導をしている知人のニック・モーガンも「私の片付けの習慣も近藤麻理恵氏と同様だと知って嬉しく思ったが、まだ足りない。目標は、わが家を日本の茶室か数寄屋くらいすっきりさせることだ」、と感心していた。
こんまり本を読んだのにまだ人生を変えていない私は、ニックの言葉にますますプレッシャーを感じている。
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