書評
『図説本と人の歴史事典』(柏書房)
わが密かな愛読書
この本は、昨日今日出版された新しい本ではない。1997年、もう四年も前のものである(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2001年)。けれども、事典だから、むろん今でも新本で手に入る。事典なんていうと、それは読書の対象ではないのではないかと思う人がいるといけないから、とくに言うのであるが、この本は、事典と名乗っていて、なおかつ、たしかにその用途に用いても有益なる本には違いないのだが、実は事典以上の存在、「書物を巡る面白エピソード集」とでもいうか、まずは読み物として頗る面白い。休日に閑読するにはもっとも好適の一書にして私の密かな愛読書なのである。良書か否かということを規定するものは、当該の書物の息の長さだと私は思っている。すなわち、どんなに一世を風靡したとしても、半年後にはもう忘れられてしまうような本は、いわゆる「きわもの」である。そうでなくて、あまり爆発的に売れることはないけれども、いつ読んでも、また何度繙いても面白い、という書物こそが良書なのだと私は信じる。
しかし、このせち辛い時世には、そういう良書ほど売れないのが現実で、タレント本のようはきわものばかりが幅を利かすという結果になりやすい。そういうことは、長い目でみると文化の衰弱に繋がると思うので、私は、書評者の責任として、良書であって、面白くて、なおかつベストセラーでないものを積極的に取り上げる方針を取っている。その意味では、本書なども、一般の書店にどこでも並んでいるというようなものではないから、まずあまり知られていないかもしれない。が、間違いなくこれは、頗るつきの良書である。
なにぶん事典だから、どこからどのように読んでもよろしい。しかし、普通の事典と違うところは、書き手の二人が当代切っての西洋書物学者であって、その記述が、面白いうえに、ぐっと深い奥行きをも持っているということである。内容をいちいち紹介もしがたいが、ちょっとその目次から項目を拾ってみると、曰く、
「読み書きできる、それが問題だ」
「愛の小道具に使われた写本」
「書物デザイナーとしてのロセッティ」
「樽詰めにされた書物」
「書斎で居眠りするチョーサー」
「八面六臂の菜食主義者」
「携帯に便利なガードル・ブック」
「スクラップブックになりはてたミサ典礼書」
「誠実にして勤勉なる偽作者」
「ボッカチオのランプ付き書見台」
という具合で、実に、興味津々たるものではないか。かかる逸話を、探すだけでもおそらく大変な努力が必要だが、嘉(よみ)すべきものは、こういう珍なる話を面白がる魂を著者らが持っていることである。その魂のおすそ分けにでもあずかる積りで、まあ驚いたり感心したり、腹を抱えて笑ったり、これほど高級なる趣味書はまたとないと言ってよい。その意味で8900円という値段は、決して高くないと私は思う。
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