書評
『フランスの遺言書』(水声社)
二重言語がもたらす残酷な愛の歴史
この十年ほど、フランス小説を活性化してきたのは、旧植民地出身の作家たちである。彼らは統治者の言語と母国語の二重性に引き裂かれながらも、創作の武器としてはあえて前者を、つまりフランス語を選び取ってきた。憧憬と憎しみの相なかばする複雑な想いを残したまま宗主国の言葉の規範を崩すことで、あたらしい血を注ぎ込んだのである。一方で、フランス語の美しさを賞賛し、古典的な文体を駆使して過去を追想する小説が、おなじく非フランス人作家の手で、一種のアンチテーゼとして書かれるようになってきた。一九八七年、三十歳でロシアから渡仏したアンドレイ・マキーヌは、明らかにこのグループに属している。
本書は彼の自伝的要素を盛り込んだ、現時点での代表作。中心となるのは、二十世紀初頭のフランスに生まれ、第一次世界大戦後にロシアに渡り、第二次世界大戦直後に夫を亡くして以来、草原地帯の僻村で独り暮らしをしてきた母方の祖母シャルロットだ。彼女はフランス語とベル・エポックの記憶を護り抜き、夏を過ごしにくる小さな孫たちに、未知の国の言葉で昔話を語って聞かせる。この祖母から深い影響を受けた語り手は、やがて「二つの言語の狭間にいる自分に気づくそういう瞬間」に感覚が最も鋭敏になることを自覚しつつ、思い出を再現する器としてフランス語を選択しようと決意する。その最大の成果が、本書というわけだ。
ペレストロイカの後、パリへ亡命した語り手は、街のあちこちに祖母の面影を見出すのだが、そこに届いたのは、彼女の死の報と、ロシア語で書かれた遺言だった。なかに一カ所だけフランス語で記された文句があり、彼は衝撃的な事実を知らされる。原題は、だから「フランス語の遺言」とも訳しうるだろう。二つの国の言語と文化を「接ぎ木」した、甘美だが残酷な愛の歴史である。
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