前書き
『ユダヤ商人と貨幣・金融の世界史』(原書房)
政治ではなく経済から歴史を理解しようとする本が増えています。教科書的な「教養」からではなく、もっとなまなましいもの、リアルな人間の営みから世界の成り立ちををわかりたいということなのでしょうか。
ユダヤ陰謀論というものがあります。著者はそのような考え方とは無縁ですが、なるほどユダヤ人という窓から世界の経済を流れを見ると、なかなかピンとこない世界の経済の流れがくっきりとわかってきます。
柔軟かつ鳥瞰的な歴史のとらえ方で定評のある著者の意欲作『ユダヤ商人と貨幣・金融の世界史』の「はじめに」を抜粋して公開します。
現在の経済は歴史的に作られてきましたから、地球規模の複雑な金融・経済が、どのような過程をたどってできあがってきたのかを読み解くことが、現在の必須教養になっています。では、何を、どのように学べば経済・金融の大きな流れがわかるようになるのでしょうか。
従来の国家、民族をキー・ワードとする世界史では、残念ながら経済・金融の大きな流れをつかむことは不可能です。それは経済学の仕事であろうという主張もありますが、数千年に及ぶ「時間」と地球規模の「空間」で経済・金融の流れをつかむことは難しく、経済史はどうしても公式的な言説になってしまいがちです。
そこで、経済・金融の壮大な流れを簡明に描くのに適切な、主役の選択と狂言回しが必要になると考えました。
色々な試みがあってよいのでしょうが、ひとつの試みとして、貨幣・金融のスペシャリストとして世界の貨幣・金融をリードしてきた「ユダヤ商人」「宮廷ユダヤ人」を主役に据えて、世界の貨幣と金融の流れが描けるのではないかと考えたのです。
本書が描こうとするのは古代の西アジアで誕生した銀貨が、やがて紙幣に置き代えられ、世界中の人々を地球規模の金融市場に組み込んでいく壮大な経済の流れそのものです。現在の世界の混迷も、格差の拡大も、そうした経済、金融の流れの先にあります。
テーマが大きいために枠組みの設定の仕方が重要になりますが、国家の枠を超えて俯瞰的に人類の歩みをとらえる「ネットワーク(網の目状のつながり)」の視点を取り入れました。商業、貨幣、金融が、ローカルなところから世界化して現在に至る過程を、ユダヤ商人の活動を中心にやわらかく描き出すことが目指されています。
ユダヤ商人、宮廷ユダヤ人、ユダヤ人金融業者などの活動が、そうした要因により世界経済の大きな流れにつながっていったからです。
「大航海時代」の新経済地域の登場、資本主義経済の誕生と成長、紙幣の発行、金本位制と紙幣との連動、今日の電子空間における記号化した各種の金融取引、金融工学に基づく経済の証券化に至るまで、常にユダヤ商人、「宮廷ユダヤ人」、ユダヤ人金融業者が主導的な役割を担ってきたといってもいいでしょう。さらにいうならば、ユダヤ商人が、現在の国際金融、グローバル経済の流れそのものを創り出してきたと見なすこともできるほどです。
本書は、そうした経済の流れをわかりやすく描き出そうとしていますが、同時に、ユダヤ人が郷土を喪失した状況下でどのように民族のアイデンティティを維持し、世界史でも有数の商業民としての成功を収めたのかを考えることも目指しています。
なお本書は、ヨーロッパ中心的、キリスト教的な視点、国家の組み合わせによる枠組を取り払い、ユダヤ商人の歴史をできるだけ地球規模のダイナミックな経済の流れのなかでとらえることを目指しています。そのため、ユダヤ史にとって大きな出来事となるホロコーストやそれに続くイスラエル建国についても、政治的な文脈では詳述せず、あくまで経済の視点から簡単に扱うにとどめています。
しかしながら、ディアスポラに端を発し、2000年間世界中に散らばってきたネットワークの民ユダヤ人の「グローバリズム」と、イスラエルに集約される「ナショナリズム」とが共存する今日の彼らの在り様は、本書の記述をたどることで全体的につかみやすくなるのではないかと期待しています。
[書き手]宮崎正勝(歴史学者)
ユダヤ陰謀論というものがあります。著者はそのような考え方とは無縁ですが、なるほどユダヤ人という窓から世界の経済を流れを見ると、なかなかピンとこない世界の経済の流れがくっきりとわかってきます。
柔軟かつ鳥瞰的な歴史のとらえ方で定評のある著者の意欲作『ユダヤ商人と貨幣・金融の世界史』の「はじめに」を抜粋して公開します。
なぜ〝亡国の民〟が世界の金融を動かしてきたのか?
21世紀に入り世界は混迷の度を強め、過渡期の様相が強まっています。そうした動きは、世界の経済と金融の不安定な状況に起因しているように思われます。現在の経済は歴史的に作られてきましたから、地球規模の複雑な金融・経済が、どのような過程をたどってできあがってきたのかを読み解くことが、現在の必須教養になっています。では、何を、どのように学べば経済・金融の大きな流れがわかるようになるのでしょうか。
従来の国家、民族をキー・ワードとする世界史では、残念ながら経済・金融の大きな流れをつかむことは不可能です。それは経済学の仕事であろうという主張もありますが、数千年に及ぶ「時間」と地球規模の「空間」で経済・金融の流れをつかむことは難しく、経済史はどうしても公式的な言説になってしまいがちです。
そこで、経済・金融の壮大な流れを簡明に描くのに適切な、主役の選択と狂言回しが必要になると考えました。
色々な試みがあってよいのでしょうが、ひとつの試みとして、貨幣・金融のスペシャリストとして世界の貨幣・金融をリードしてきた「ユダヤ商人」「宮廷ユダヤ人」を主役に据えて、世界の貨幣と金融の流れが描けるのではないかと考えたのです。
本書が描こうとするのは古代の西アジアで誕生した銀貨が、やがて紙幣に置き代えられ、世界中の人々を地球規模の金融市場に組み込んでいく壮大な経済の流れそのものです。現在の世界の混迷も、格差の拡大も、そうした経済、金融の流れの先にあります。
テーマが大きいために枠組みの設定の仕方が重要になりますが、国家の枠を超えて俯瞰的に人類の歩みをとらえる「ネットワーク(網の目状のつながり)」の視点を取り入れました。商業、貨幣、金融が、ローカルなところから世界化して現在に至る過程を、ユダヤ商人の活動を中心にやわらかく描き出すことが目指されています。
ユダヤ商人が国際金融、グローバル経済の流れを創った
ユダヤの民、あるいはユダヤ人と聞いて、皆さんは何をイメージされますか。宗教の民。流浪の民。悲劇の民。学問と文化の民、等々……。色々のイメージがあるかと思います。本書ではまず、彼らが歴史的に「貨幣の民」だったこと、国家の枠を超える「ネットワーク(網の目状のつながり)の民」だったことに着目します。ユダヤ商人、宮廷ユダヤ人、ユダヤ人金融業者などの活動が、そうした要因により世界経済の大きな流れにつながっていったからです。
「大航海時代」の新経済地域の登場、資本主義経済の誕生と成長、紙幣の発行、金本位制と紙幣との連動、今日の電子空間における記号化した各種の金融取引、金融工学に基づく経済の証券化に至るまで、常にユダヤ商人、「宮廷ユダヤ人」、ユダヤ人金融業者が主導的な役割を担ってきたといってもいいでしょう。さらにいうならば、ユダヤ商人が、現在の国際金融、グローバル経済の流れそのものを創り出してきたと見なすこともできるほどです。
本書は、そうした経済の流れをわかりやすく描き出そうとしていますが、同時に、ユダヤ人が郷土を喪失した状況下でどのように民族のアイデンティティを維持し、世界史でも有数の商業民としての成功を収めたのかを考えることも目指しています。
縦糸と横糸
本書はまず大きな「縦糸」として、銀貨から紙幣へとつながる貨幣・金融の進化を中心とする経済史を、「横糸」として世界の経済に大きな足跡をしるしたユダヤ商人の活動が記述されます。なお本書は、ヨーロッパ中心的、キリスト教的な視点、国家の組み合わせによる枠組を取り払い、ユダヤ商人の歴史をできるだけ地球規模のダイナミックな経済の流れのなかでとらえることを目指しています。そのため、ユダヤ史にとって大きな出来事となるホロコーストやそれに続くイスラエル建国についても、政治的な文脈では詳述せず、あくまで経済の視点から簡単に扱うにとどめています。
しかしながら、ディアスポラに端を発し、2000年間世界中に散らばってきたネットワークの民ユダヤ人の「グローバリズム」と、イスラエルに集約される「ナショナリズム」とが共存する今日の彼らの在り様は、本書の記述をたどることで全体的につかみやすくなるのではないかと期待しています。
[書き手]宮崎正勝(歴史学者)
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