書評
『時の地図』(早川書房)
時間旅行詐欺?
時間旅行にも、まだまだ新機軸がある。今日紹介するのは、1968年生まれのスペインの新星、フェリクス・J・パルマが2008年に発表した『時の地図』(宮崎真紀訳、ハヤカワ文庫NV)。時は1888年、舞台はロンドン。大富豪の御曹司アンドリューは、ホワイト・チャペルの娼婦メアリーに恋をした。真剣な思いを父親に打ち明け、屋敷を飛び出すが、最愛の恋人は(史実のとおり)切り裂きジャックの手にかかって殺されてしまう。
それから8年。悲しみからまだ立ち直れないアンドリューだが、時間旅行に一縷(いちる)の希望を見出す。折しもロンドンでは、西暦2000年に行って世界の終末を観光するツアーが大ヒット中。そこの航時機を借りて、恋人を助けにいこう! そう思って時間旅行社の門を叩(たた)くが、過去へ行くのはうちでは無理と断られる。彼が次に訪ねたのは、前年に『タイム・マシン』を出版した若き人気作家、H・G・ウエルズの家だった……。
切り裂きジャックとウエルズとタイム・マシンの組み合わせって、映画「タイム・アフター・タイム」で観(み)たような? と思う人もいるでしょうが、その先の展開はまったく違うのでご心配なく。かなり読み進んでも、この小説がいったいSFなのかミステリなのかファンタジーなのか、話の行き着く先がぜんぜん見えないのがミソ。
全体は3部に分かれ、「アンドリューは果たして過去を改変して恋人を救えるのか?」というのが第1部。時間旅行ツアーの舞台裏をからめて(フィニイ「愛の手紙」をあっと驚くかたちで再利用しつつ)切ないロマンスを紡ぐのが第2部。第3部には、ヘンリー・ジェイムズやブラム・ストーカーも登場、さらに驚くべき展開が待ち受ける。余裕たっぷりの語り口がなんとも楽しい、大人のためのタイムトラベル小説。
なお、続編の『宙(そら)の地図』は、またもウエルズが登場。今度は『宇宙戦争』を下敷きに、火星人襲来により阿鼻(あび)叫喚の地獄と化した帝都を右往左往する。映画「遊星からの物体X」を再演するサービスもあります。
西日本新聞 2015/6/23
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