書評
『万物理論』(東京創元社)
宇宙の究極の理論
昨日はロバート・チャールズ・ウィルスンの大風呂敷SF『時間封鎖』を紹介したが、夜空から星が消える導入には、実はたいへん有名な先例がある(ウィルスンは読んでなかったとか)。この35年間でたぶんもっとも重要なSF作家グレッグ・イーガンの『宇宙消失』(1992年)がそれ。ただし、『宇宙消失』では、月や太陽、火星や金星は消えずに残る。なぜかと言えば、地球だけじゃなく太陽系ごと黒いシールドに包まれてしまうから。だったらそのほうがずっとスケールが大きいじゃん! と思うでしょうが、小説はその先、不可能状況下での人間消失事件の謎を追うミステリに変貌する。この(相対的に)小さな謎と、宇宙規模の巨大な謎と、その両者を、同じひとつの論理で鮮やかに解明するのがイーガン・マジック。当然のことながら『時間封鎖』とはまるで違う展開と結論なので、ぜひ読み比べてください。
しかし、現時点でのイーガンの代表作と言えば、やっぱり『万物理論』(95年/山岸真訳、創元SF文庫)だろう。邦題は、宇宙のすべてをひとつの方程式で説明する究極の(仮想的な)理論。ホーキング夫妻を描いた映画「博士と彼女のセオリー」の原題にもなったTheory of Everything(TOE)のことですね。時は2055年、この夢の理論がいよいよ完成するとの噂(うわさ)が流れる。弱冠27歳でノーベル賞を受賞した天才科学者モサラが、まもなく国際物理学会で発表するらしい。
科学ジャーナリストの“ぼく”ことアンドルーは、彼女のドキュメント番組をつくるため、問題の学会が開かれる南太平洋の人工島ステートレスへ飛ぶ……。
物理の究極理論をめぐるSFというとなんだか難しそうですが、イーガンが考えた壮大な奇想のキモはだれでも直感的に理解できるのでご心配なく。人間ドラマと世界の秘密を直結する天才詐欺師イーガンのアイデアと弁舌が冴(さ)え渡る。20世紀SFの最高峰。伊藤計劃『ハーモニー』にも(たぶん)大きな影響を与えた長編なので、計劃ファンも必読。
西日本新聞 2015年6月25日
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