書評
『原子爆弾の誕生〈上〉』(紀伊國屋書店)
「政治の中の科学」描く叙事詩
二十世紀最初の半世紀は、科学の発達と戦争の総力戦化とが跛行(はこう)的に進んだ特異の時代であった。本書はまさにこの半世紀を決定づけた原子爆弾の開発の歴史を、科学技術開発と国際政治との交錯の中に描き出そうと試みた労作である。およそ原爆開発に関する記述の包括性において、本書が類をみない詳しさを誇るのは、次の一節からもわかる。すなわち著者は日本語版の序において、「アメリカの公式の原爆開発史には広島や長崎の破壊を物語る一枚の写真もなく、損害に関する記述もない」とさらりと書いている。その点に留意して本書を見れば、ドイツや日本の原爆開発の歴史を随所に盛りこみながら、あたかも一大叙事詩の如く、上・下二冊で一四〇〇頁に垂んとする大部の本のパノラマが開けていく。
第一部で著者は、ヨーロッパにおける原子物理学の発展の跡をたどる。その際抽象的な学問発達の記述をまったく取らない。むしろシラード、ボーア、オッペンハイマー、アインシュタインら科学者のパーソナル・ヒストリーを対比させながら、彼等が有力な研究室に集い、新しい学派を形成していく有り様を考察する。それはまさに、政治そのものだ。
やがてヒトラーの台頭とユダヤ人排斥の中で、科学者の民族大移動が実現し、アメリカにおける原爆開発計画を扱う第二部の幕開けとなる。著者はここで第一部以上に、科学者の自伝・回顧録、インタビュー記録を大量に引用しながら、学問的良心と戦争観との狭間にあって、科学者が否も応もなく、現実の政治と行政にまきこまれていく様を明らかにする。
第三部においては、科学者はもはや国際政治の関数に規定される存在でしかない。日本への原爆投下から戦後の水爆開発までの過程は、科学者にとっておよそ意図せざる結果の連続に他ならなかった。ここに見られるのは、ベトナム戦争に先立つもう一つのベスト・アンド・ブライテストの姿そのものであった。
【下巻】
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