書評
『テレビの荒野を歩いた人たち』(新潮社)
道なき道を切り開いてきたレジェンドたちの熱き肉声
あの頃のテレビを語れば、時代の証言とともに濃い人間味が立ち上がる――あらためて驚かされ、本書が孕む熱量に引き込まれた。タイトル「荒野」は、テレビの黎明(れいめい)期のこと。テレビ文化に造詣の深い著者の目に、放送がスタートした昭和28年からの黎明期は、ある種の野蛮さや精悍なエネルギーが横溢する荒野として映った。そこを先陣を切って駆け抜けたテレビのプロ12人。目配りの利いた人選にも、テレビ文化とテレビ人へのリスペクトが詰まっている。
冒頭に登場するのは1926年生まれの石井ふく子。「東芝日曜劇場」「肝っ玉かあさん」「ありがとう」「渡る世間は鬼ばかり」ほか大ヒット作を手掛け、現在、現役最高齢のプロデューサーでもある。レジェンドの口から語られる生放送時代のエピソードはめっぽう面白いのだが、なるほど、と膝を打ったのは、ドラマ化許諾に際して生まれた作家との結びつき。三島由紀夫、室生犀星、あるいは昭和36年にスタートした「山本周五郎アワー」の背景には、門前払いを繰り返す気難しい作家との攻防戦があった。ついに気を許した作家を、石井自身が運転役として横浜の自宅へ送り届ける話には、お互いの情の厚さが滲む。
語られる言葉と記憶のイキのいいこと!
「『あんなの面白そう』と言うだけで企画が決まっちゃった。なんでもアリで『やっちゃえ、やっちゃえ』でした」(フジテレビで「北の国から」シリーズを演出した杉田成道(しげみち))。脚本家、橋田壽賀子は自身の結婚生活と仕事との関係をあからさまに開陳し、作曲家、小林亜星は「みんなが『こんなのダメだよ』というのをたった一人がぐいぐい推したような企画がヒットするんです」。近年、後世に残る名作が生まれにくいのは、ずば抜けた才能を潰しがちな社会のあり方を投影してもいるだろう。作家、小林信彦の語りには、60年代前半の日本テレビ、とりわけ井原高忠の才能が燦(きら)めいてまぶしい。61年から約十年続いた日曜夕方6時半からの「シャボン玉ホリデー」は、私にとって永遠の夢と憧れの小宇宙だ。
口々に語られる「荒野」のありさまは、テレビ史の謎解きさながら。青春ドラマを次々に生み出し、2000本ものドラマに関わってきた日本テレビのプロデューサー、岡田晋吉(ひろきち)いわく「青春ドラマは水があるところがいいんです」「あるかないかギリギリの話が面白い。どこがギリギリなのか決めるのが、プロデューサーである僕の仕事です」。確かに「太陽にほえろ!」も、絶妙な虚実皮膜(ひにく)の匙かげんだった。
日本のテレビ文化の幕開けが多角的に焙り出され、職人仕事の価値に目を見張る。美空ひばりへの恩義を尽くした殺陣師、菅原俊夫。六歳から実験放送の現場を熟知する女優、中村メイコ。独自のCM文化を築いたクリエーティブ・ディレクター、小田桐昭。関西でドラマ界を牽引した山像信夫(やまがた・しのぶ)。NHKで東京オリンピックの放映を体験した杉山茂。その声と存在がテレビ界の財産だった俳優、久米明はこの四月に逝去した。
語り手の言葉の厚みを引き出すのは、もちろん著者自身の熱量だ。そのおおもとに流れる敬意が上質な読み応えを作り出して胸打たれる。
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