書評
『「明治」という遺産:近代日本をめぐる比較文明史』(ミネルヴァ書房)
「融通」が力の源泉だった
『「明治」という遺産』という題だが、明治維新の顕彰本でも礼賛本でもない。とにかく重厚な本である。なにしろ国内外の第一線研究者が30人も集い、「明治日本」を30章にわたって論じている。分野も経済史・思想史・制度史・意匠史・学問史・建築史・国際関係史など幅広い。高価な本で、新聞で書評するかためらったが、現時点での「明治」研究の重要業績だから紹介する。一昨年、政府は「明治150年」の顕彰に熱心であった。一方、国内の歴史学会の多くは冷淡。「創られた明治」像の政府による再生産として反駁(はんばく)した。そして国民一般は盛り上がらなかった。東日本出身者の多い東京が日本の中心になって久しい。山口選出の首相が明治顕彰の旗を振っても大多数はついてこなかった。何より明治生まれは、もはやまれ。「明治は遠くなりにけり」で普通の国民は明治を意識しなくなった。
しかし「明治」はグローバルな視野でみれば、まだまだ面白い。明治維新は海外から影響をうけ、海外に影響を及ぼした。本書は、国内事情で明治の善悪功罪を論じるものではなく、国際的な明治日本への関心にこたえる議論をめざした本である。
本書では30人の論者がそれぞれ「明治」理解の「補助線」を用意して論じている。従来、明治維新は、王政復古(天皇制)・富国強兵(西洋近代化)・公議輿論(よろん)(立憲政治・議会制)などで論じられてきた。明治は近代と中世が混じっている。基本は農業社会だから、君主と親への忠孝=中世的な主従性と家制度はびくともせず、むしろ庶民にまで広められた。
一方、経済面は一変。資本制はすいすい成長。「門閥打破」で身分制も壊した。井上章一がイギリス・フランスに詳しい桑原武夫の言を引いて「身分制の廃止という点については、日本のほうがはるかに徹底」と示す通りである。新政府の官僚制は「人材登用」を掲げた。智識(ちしき)が貴賤(きせん)を定めるとされ、「昨日まで平民たりしものが今日は華族と為る」能力主義。のちに学歴主義へとつながった。知識あるものが地位につく思想は、三谷博によれば、江戸期の「漢学普及」で大陸の「科挙」を意識しはじめた影響があるらしい。西洋の蘭学ばかりが明治を作ったのではない。
本書中、瀧井一博が「知識交換」を明治の特徴として論じているのは注目される。そういえば、新政府の知恵袋・横井小楠(しょうなん)も「融通」をキーワードに新社会を論じていた。鉄道・運河で物資を融通。また銀行・株式で金を融通。同様に、知識を交換・融通すれば国は生まれ変わる。学校・教育や学会・農会を設け、重視する行政原理を明治日本はもっていた。明治日本は、福沢諭吉の言説などを通じて、孫文の中国革命や朝鮮・韓国の議会設立運動にも影響を与えた。それらの論考も収められている。明治維新は知識の融通で、アジア諸国に輸出されていたわけである。
当然ながら、明治には正・負の遺産がある。知識でも物資でも金でも、多様なものを、世界中どこからでも持ってきて溶けあわせ役立てる。この開放的な「融通」こそが、明治日本の正の遺産であった。知識軽視や狭隘(きょうあい)・閉鎖・世襲・排除は、日本を衰退させるもとだと、歴史から知らねばならない。
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