書評
『帝国ホテル・ライト館の謎 ―天才建築家と日本人たち』(集英社)
帝国ホテルの奇々怪々
じつは私は、あのフランク・ロイド・ライトの設計した帝国ホテルに入ったこともないし、実物を見た記憶もない。やや悪趣味とも見える、あの神殿のような建物は、林愛作というニューヨークの美術商から引き抜かれた支配人が、当時不遇の住宅建築家に過ぎなかったライトを抜擢して設計させたものだったが、しかし、ライトも愛作も、新館竣工の祝賀会には出席していなかった。しかも、祝賀会のまさにその時、関東大震災が襲ってきたというのであった。
本書は、そういう劇的な出発をした帝国ホテル建築の謎を、ひとつひとつ解き明かして、じつに興味津々たるものがある。
愛作が更迭されたあと、名支配人犬丸徹三が着任するまでの短期間、このホテルを仕切った支配人山口正造はすなわち、本書著者山口由美さんの大伯父に当たる。
さて、ライトは近代建築の旗手のように崇拝されているが、その実、彼には毀誉半ばする影があった。
たとえば、彼はウィスコンシンの「タリアセン」と称する共同体(今も活動継続中)に君臨する独特のカリスマであったが、いっぽう、非常に恋多き男で、その恋人の一人はこともあろうにそのタリアセンで凶徒に惨殺されるという憂き目にさえ際会しているのである。
また帝国ホテル旧本館は、あのあまりにも有名な外観にも関わらず、実は、雨漏りの多い使いにくい建物だったということもよく分った。
そういうあれこれを、良くできたドキュメンタリ映画を見るように見せてくれるのがこの本で、読了するや、あのライト館に入ってみたかったなあ、という思いが募った。
初出メディア

スミセイベストブック 2009年10月号
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