書評
『百年の誤読』(筑摩書房)
大ワザ連発!日本近代読書史を再編成
岡野宏文と豊崎由美はいま最強の書評タッグチームである。私は毎年出る「リテレール別冊 ことし読む本 いち押しガイド」の巻末で、このコンビがその年のベストセラーをメッタ斬(ぎ)りにする対談コーナーをいつも楽しみに読んでいたのだが、二人はいつのまにか、企画を「その年」から「この百年」へと変え、偉業を達成していた。
本書では、一九〇〇年の徳冨蘆花『不如帰(ほととぎす)』を皮切りに、ほぼ毎年一冊、計百冊余のベストセラーを丹念に再読し、日本近代読書史の再編成を試みている。
なんていうと、お堅い本と思われるかもしれないが、とんでもない。切り口の独創性、読みの正確さに、二人の打々発止(ちょうちょうはっし)のやり取り、ほとんど悪乗りともいうべき対話の弾みかたといったら、四百ページ読んでなお、読後感はもっと読みたい!というものなのだ。
『不如帰』を山口百恵主演のドラマ「赤いシリーズ」にたとえ、佐藤春夫の『田園の憂鬱(ゆううつ)』を不潔で怠け者のダメ男物語として読み直し、井伏鱒二の『山椒魚(さんしょううお)』を「ぎすぎすした世の中に疲れたら、リポビタンDじゃなくて、鱒二で『ファイト一発!』。元気が出ますよ」って訳のわからない絶賛をしたり、谷崎潤一郎の『細雪』を「病気小説」として歴史的に位置づけたりと、再評価にもじつに多彩なワザがあるのだが、やはり胸がときめくのは著者たちの歯に衣(きぬ)きせぬ悪口だ。
『失楽園』や『ハリポタ』が論理的にずたずたにされるのも面白いが、同様に『友情』や『蟹工船』や『人生劇場』や『雪国』や『智恵子抄』が爆笑を誘うトンデモ本として巨細に分析されていて、胸の晴れかたはスケールが違う。
サルトルの世界文学史に残る『嘔吐(おうと)』さえ、「今読んでもほとんど意味のない作品」で、「訳文もよくないしねえ」。
<火曜日 記すことなし。実存した>
だったら訳し直せと豊崎由美はいう。
<ぶっちゃけ暇。なんかオレ今、超いるって感じ?>
なるほどこれなら舞城王太郎風の現代的な空っぽさが浮きあがる。こんな具合にワザの尽きない対談集なのです。
朝日新聞 2005年1月9日
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