書評
『江戸の植物学』(東京大学出版会)
本草学の系譜たどる、簡素で的確で美しい
近ごろ柿(かき)がおいしい。八百屋の店先に色つやのいいのが並んでいる。カタいのが好きな人、熟柿がこたえられないという人、甘柿渋柿さまざまだ。この本は柿についてだけでも多くを教えてくれる。
「其類尤多シ其形方アリ圓アリ長アリ扁アリ大アリ小アリ」。貝原益軒七十九歳の著作「大和本草」(一七〇八年)だ。木になったままだんだん甘みを増すことを「木練り(こねり)」という。木の上で渋みが薄れて淡くなるのを「木淡(きざわし)」という。関東では「キザガキ」と呼んでいたらしい。木の上でちっとも甘くならない渋柿をどうするか。干し柿にする。と表面に霜が現れる。この柿霜は薬品である。コウ柿^(ツツミ)といって器にいれて熟させる方法もある……。
本草学とはなにか。「江戸時代、医者は薬になる植物・動物・鉱物についての知識をもっていなければ、診(み)立てはできても、実際に患者を治療することはできなかった」。なるほど「虚冷ノ人ハ生果食スルベカラズ」「酒後柿ヲ食スルベカラズ」といった益軒の叙述にそのことがうかがわれる。いまでは団扇(うちわ)に塗られるくらいになった「柿漆(しぶ)」の記述もある。しかし、益軒の記述を検討すると、産地の特性や使用法は詳しいが、植物そのものへの言及は少ない。「よく知っている人にさらに情報を追加する」同好会的島国的なものだと著者はいう。
同じころ、ケンペルが日本にやってきて「廻国奇観」(一七一二年)を著す。著者はそのラテン語の柿の項を読み解いていく。「庭園で栽培されるイチジク、角張った食べられる果実、ナシのような葉を持つ、西洋のカリンにも似ている。とても甘い……」
ケンペルの記述は詳細をきわめ、柿がどういうものか知らない読者に、手を替え品を替え伝えようとする。「知の国際化、普遍化」への情熱だ。柿の項目一つとっても学問姿勢の違いが見てとれる。
本書は博物学者が書き、学術出版社から出されたが、おカタい本ではない。簡素に的確に本草学の系譜をたどり、ツュンベルク、シーボルトらとの国際交流も語る。おまけに岩崎灌園や川原慶賀の美しい植物画が十六葉ついている。
朝日新聞 1997年11月16日
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